第52話 大賢者、涙の味を知る

「それじゃヒロト、支払いよろしく」

「おうッ!」


 全員の注文が決まると、ヒロトがタブレットに手のひらをかざして何かをしている。お、右上にレンズみたいのが付いてるのか。これを通じて何かを読み取らせているのか?


「静脈認証だね。血管の配置を読み取って、預金と照合してるんだ」

「へえ、経絡に反応する封印術みたいなもんか」

「セージは経絡を偽造するから、お前にかかるとまるっきり通じんがな……」


 あっ、やべ。ミストがジト目で俺を見ている。

 もうだいぶ前の話だが、学院の衛兵ゴーレムはミストの設計だったらしい。それを俺が強引に突破したことを根に持たれてしまっているのだ。いかん、話をそらさなければ。


「つか、ヒロトの払いでいいのか? 前はずっと金欠だったと思うんだが……」

「うん、ヒロトは人気配信者だからね。お金はいっぱいあるんだよ」

「おうッ! なんだかわからないが金は稼げてるぜッ!」


 細かいことはわからんが、ヒロトが戦っている映像をツカサが撮り、それを売って金にしてるんだそうだ。まあヒロトの戦いぶりはいちいち派手だからな。眺めて面白がる人はそれなりにいるんだろう。


 そんなこんなでわちゃわちゃしていると、どこかからシャーッと何かが擦れるような音が近づいてきた。音源に目を向けると、天井にぶら下がった何かがいくつもこちらに向かってくる。

 どうやらあらかじめ設置されていたレールに沿って動いているらしい。車輪に紐がついただけといった外観のそれは、厚紙でできた平べったい箱を俺たちのテーブルに置いて走り去っていった。


「……何、あれ?」

「ウェイターみたいなものかな。ほら、料理が来たから食べようよ」

「おうッ! すっかり腹が減っちまったぜッ!」


 シロちゃんの疑問に、ツカサとヒロトは箱の蓋をばりばりと破いて応える。

 箱の中にはツカサが頼んだカレーライスと、ヒロトが頼んだ焼肉定食が入っていた。ご丁寧なことに、箱の端にはスプーンや箸などの食器も同梱されている。


「ふうむ、このグリーンカレーというものにはあまりとろみがないのだな」

「わぁ、ホントに色んなお料理が入ってるー!」

「……煮魚、ひさびさ」


 他の面々も箱を破いて食事をはじめている。

 ちなみにメリスちゃんが頼んだのはお子様ランチ、シロちゃんが頼んだのは煮魚定食だ。ニホン料理はチョーダの伝統だが、子どもにはあまり人気がない。シロちゃん、なかなか渋い趣味をしているなっ!


 なお、俺は「すったて」なるものを注文してみた。

 大賢者だからね。いかにも味の想像がつきそうな安牌は取らないんだよ。新たな知的冒険に常に挑み続けるのが大賢者ってものなんだ。


 でもなあ、箱を開けてみたらね、ちょっとなんというか想像と違いすぎるんだよね。他のみんなと違ってほかほかしていない……。明らかに冷え切った食べ物がそこにあった。


 白く輝くうどんがあるのはよい。ざるうどんは俺も好きだった。でも、その横にね、灰色に濁ったつけ汁がありまして。1枚のプレートの上で、仕切りに横に名状しがたいカラーリングの液体が鎮座しておりまして。液体の中はゴミみたいな食材の破片でびっしりでありまして……これ、本当に食っても大丈夫なやつ……?


「ヒツジ先生ー! 食べないの?」

「あっ、うん。ちょっと心の準備を整えているところでね」

「一口もらっていいー?」

「それはかまわないけどこれが本当に食べていいものかどうかまだ判断がつきかねているという悩ましい部分があるんでそれについての返答はもうちょっと待って欲しいというか検討の時間をいただきたいというか――あっ!?」

「つるつるで、おいしー!」

「……おつゆが、不思議」


 俺が躊躇していたら、少女連が横から一口ずつうどんをかっさらっていった。二人の反応は、上々だ。ここで俺がビビっていたら、今後先生ヅラができなくなるのではないかというさもしい不安に襲われる。


 ええい! ままよ! 俺は割り箸を手に取り、うどんを謎のつけ汁にたっぷり浸して一気にすすった。


「あ、爽やかでうまい」


 うどんのつるりとした食感とともに、荒々しい野菜の風味が口中に拡がる。

 洗練された味とは言い難いが、これは畑仕事に疲れた農夫が縁側に腰を掛け、その年の豊作を願いながら一気にすするような、そんな芳醇な初夏の香りがした――


「――ってなんやねんっ!?」

「何をひとりで騒いでるんだ……」


 俺が脳内食レポに自分でツッコんでいると、ミストに冷たい目で見られた。

 あっ、それいいですね。そういう視線。もっとください。

 俺は禁じられた扉が確実に開いていることを感じていた。


「『すったて』か。品書きによると、サイタマの名物だったらしいな。どれ、私にも一口味見させてくれ」


 ミストは俺の手から割り箸をひったくると、箸先で数本のうどんをつまみ上げ、それをちょんちょんとつけ汁につけてちゅるんとすすった。

 あっあっ、それ間接キッスっすよね。あっあっ、あっあっ、そんな大胆なこと、急にされたらあたいは……あたいは……。


「ふむ、これは面白い味付けだな。ミョウガとタマネギ、アオジソを中心にインパクトのある辛味と香りをつけ、それを擦った胡麻と白味噌の甘みで包み込んで角を取っている。生野菜の辛味を活かすという発想は面白いな。生唐辛子を使ったカレーというのもあり得るかもしれん」

「えっ、なにそれ面白そう! 試作したらボクにも味見させてよ!」

「ふむ、次回のクロネコ商会の仕入れで生唐辛子をリクエストしてみよう。ただし、試作品だからな。味の保証はできんぞ」

「そういうチャレンジもカレーの醍醐味じゃん!」


 ひとりで盛り上がっていたら、カレー大好き連盟が俺を置いてけぼりにしてもっと盛り上がっていた。へへっ、そうっすよね。所詮私は非モテのヒツジですよ。間接キッスでキャッとかワッとかなるイベントなんて存在してないんですよ。


 俺は付け合せの漬物をバリボリと噛み砕いて、涙の味をごまかした。

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