第56話 大賢者、イカ怪人にドン引きする

「イーカッカッカッカッカッカッ! どいつもこいつも、六鬼将の面汚しイカ!」


 クモ男の次は、三角頭で何本もの触手が生えた怪人が現れた。

 なんか全身からぬるぬると生臭い粘液を分泌させている。

 あー、もう説明されなくてもわかるわ。


「俺様は深海怪人ダイオウ・テンタクルス! いままでの六鬼将は言わば前座! 箸休めの塩辛みたいなものイカよ!」


 一人目が思いっきり「我こそは六鬼将最強……」みたいなことを言ってたけどな。まあ、ツッコむのも面倒だしスルーしておこう。


「えーっと、それじゃテンタさん、指名相手は誰にするっすか?」

「そんなのは決まっているイカ!」


 イカ男が、腕のような触腕をびしっとこちらに向けてくる。

 その指し示す先にいたのは――


「あの金髪幼女しかありえないイカよ!」


 メリスちゃんだった。

 なんだこのイカ野郎、うちのメリスちゃんに何か用かっ!


「あ、そうすか……。すんません、そういうことなんですけどいいっすか?」


 マサヨシ君が申し訳なさそうに確認してくる。

 あれだけ自信たっぷりに登場しておいてメリスちゃんを指名するとは、身内のマサヨシ君でも予想できなかったらしい。「こいつマジかよ」って心の声が態度ににじみ出ていた。


「メリス君、準備は大丈夫かい?」

「うん、ばっちりー!」

「よし、学院の模擬戦のつもりで気楽に戦ってきなさい。作戦通りにやれば問題ないはずだ」

「はーい!」


 おや、この手のことには真っ先にキレそうなミストが素直にメリスちゃんを送り出している。まあ、降参も認められてるしな。いざとなれば反則負けを承知で割って入ったってかまわない。


「イーカッカッカッカッカッカッ! き、金髪幼女……お、俺様の触手が金髪幼女に……ああ、こんな日が来るなんて夢にも思わなかったイカ! メリスちゃんって言ったイカな? お、おじさんが触手の良さをたっぷりわからせてあげるイカよぉ~」


 イカ野郎が触手をぬっちゃぬっちゃと蠢かせながらメリスちゃんににじり寄っていく。やべえ、卑怯なだけかと思ったら真性のロリコンじゃねえかっ!? ダメだ、こんなやつをメリスちゃんに近づけるわけにはいかない。同じ空気を吸わせるわけにもいかない。先手を打ってヒツジさんファイヤーでイカ焼きにしてやるべきか……。

 だが、俺が動き出すよりもミストの方が早かった。


「メリス君。前言撤回だ。ああいうゴミに加減は要らない。実戦のつもりでやりたまえ」

「わかったー! じゃあ、《魔弾・起動》!」


 こめかみに血管を浮かべたミストの指示を受け、メリスちゃんが動く。

 魔法の発動句とともに右手でイカ野郎を指差した。すると、メリスちゃんの周りの空間に無数の魔法陣が浮かび上がる。そしてそれぞれの魔法陣から、光の弾丸が次々に射出されていく!

 殺到する光弾の群れを、青ざめた顔のイカ野郎が横っ飛びでぎりぎり回避した。


「そ、それはなんだイカ!?」


 なんとか直撃を避けたイカ野郎だが、かわしそこねた触手が数本、無惨に千切れ飛んでいた。人の腕ほどもあるイカの触手が、びちびちと地面を跳ねている。


「イカさん、足取れちゃったよ?」

「敵をも気遣うメリス君の優しさはとても素晴らしいものだ。いまのもわざと外したんだろう? しかし、この世界には残念ながら救いようのない邪悪というものがある。メリス君も、羊を襲う狼や、小麦畑を荒らす猪は狩るべきだと思うだろう。あれはそういう手合いだ。いや、それよりももっとタチが悪い。たまたま人間のような鳴き声を発するようになったヌルゴブリンだと思って対処するんだ。ここで仕留めないと必ずどこか別の場所で悪さをする」

「うーん……そうなんだ。わかったー!」


 メリスの周辺に再び無数の魔法陣が浮かぶ。

 魔弾が次々に生み出され、転げ回りながら逃げるイカ野郎を追い詰めていく。

 まったく、農家育ちは思い切りがいいぜっ!


「ひっ、ひぃぃっ!? こっ、こんなの聞いてないイカっ!? 幼女まで強いイカか!? 反則イカっ! 卑怯だイカっ!?」


 イカ野郎が自分を棚に上げて泣き言を言っている。

 どう考えても対戦相手に幼女を指名する方が卑怯だろうが……。


 それはともかく、この展開には俺も驚いた。

 メリスちゃんは天才だが、これほどの魔法の連射ができるほどの域にはまだ達してないはずだ。どんなタネがあるのかと魔力を探ってみる。

 ああ、なるほど、あらかじめ設置型の術式を大量に仕掛けていたのか。俺がクモ怪人と戦う前にミストがメリスちゃんと何か話していたが、この準備をさせてたってわけだ。


 で、戦いがはじまったら仕込んでおいた《魔弾》を解放していくだけと。

 単純な作戦だが、こういうヨーイドンではじまる戦いなら強力極まりないな。メリスちゃんの膨大な魔力にかかれば、《魔弾》程度は数百発用意したところで汗ひとつかかないだろう。


 そんなことを考えているうちに、イカ野郎は壁際まで追い詰められていた。

 尻餅をつき、壁に背をこすりつけながら、なおも後ずさろうと無様に触手を動かしてもがいている。


「ゆ、許してほしいイカ! ほ、ほんの出来心だったイカ! 本当の俺様はイエスロリータ・ノータッチの紳士なロリコンなんだイカ! 命だけは、命だけはどうか勘弁してほしいイカっ!」


 イカ野郎は、地面にびたーんと身を投げ出して命乞いをはじめた。

 その姿には哀れみをおぼえるところもあるが、三次元接触を図るタイプのロリコンに人権はない。さあ、メリスちゃん、ひと思いにトドメを刺すんだ。これも戦士の情けというもの。イカよ、来世では良いロリコンになるんだな……。


「あのー、テンタさん。この試合、降参できるんすけど、ギブアップってことでいいっすか?」

「ハッ、そういえば!? 降参イカ! 参ったイカ! ギブアップするイカ!」

「えー、第四試合決着っす。勝者はメリスちゃんっすね。おつかれさまでした」

「いやあ、いい試合だったイカよ! それじゃ俺様は原稿の締切が近いから帰るイカ! おつかれイカ!」

「あー、おつかれっす」


 あんまりにもあんまりな顛末に、マサヨシ君も塩対応だ。

 イカ野郎は全員の冷たい視線に見送られながら退場していった。

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