第45話 大賢者、さらに旧友に会う

 女が立派なものをばいんばいんさせながら走ってくる。

 黒髪にショートカットで、頭頂に黄色い髪が一房立っている。それを左右に揺らしながら走る女の顔立ちは、ともすれば少年のような印象も受けるボーイッシュなものだ。にも関わらず、胸に搭載された質量兵器の威力は特大だ。これがギャップ萌え……俺は心の中のヒツジさんが震えるのを感じた。


「ちょっとヒロト、勝手に走り出さないでよ。あれ? この人たちは……」


 ばいんばいんさんが目の前までやってきたので、俺は四肢を広げてその足元に飛び、五体投地した。そしてぐるっと寝返りを打って挨拶する。


「はじめまして、美しいお嬢さん。私はセージと申す一介の旅のヒツジ。ヒロト殿とは奇縁がありまして、しばし旧交を温めていたところであります。ところで我が故郷には初対面同士がする風習がありまして、こうしてお腹を見せてもふもふするのです。ふふっ、自分でも言うのもなんですが、私のもふもふは並みじゃないですよ? なんといっても羊毛率は90%を超えますからね」

「えっ、なにこの変なの? 新種の怪人? 潰していいの? 触りたくないけど……」


 ばいんばいんさんが後退りして俺から距離を取る。

 なぜだ、こんなにかわいいヒツジさんなのに……。


「はははっ! ツカサ、こいつはあのセージなんだってさ。すっかり変わっちまってびっくりするよな!」

「えっ!? セージって、一応・・《大賢者》の……?」

「そのとおりだぜっ!」


 あの、一応ってつけるのやめてもらえませんかね?

 というかですね、私はお嬢さんを存じ上げないのですが、どこかで会いましたでしょうか?


「その一部だけ黄色い髪……ひょっとして、イエローなのか?」

「わっ!? ミストまでいるの!? なんで!?」

「その様子だと、イエローで間違いないようだな」

「うん、いまはツカサって呼ばれてるけどね」


 んんー? イエロー? イエローって誰だっけ……俺の知り合いだといつもカレーばっかり食べてたやつしか思い出せないぞ。男だか女だかわからない顔をしていて、小柄なくせにオーガも片手で転がす怪力で、ヒロトと同じく変身の固有魔法を持ってて……ああ、そういえば頭の先から黄色いアホ毛が生えてたな。ちょっと目の前のばいんさんを確認してみよう。うん、黄色いアホ毛が生えてますね。


「メェっ!?」

「ひっ!?」


 俺の鳴き声に、ばいんさんがばいんばいんさせながら飛び退いた。


「ひょひょひょ、ひょっとして、おおおおじょ、おま、お前さんはイエローなのかい……?」

「そ、そうだけど。なんで昔話のおばあさんみたいな口調になってるの……」

「ままま間違いがあるといけないから確認するけどね、お、お前さんの本名はゴッツァンデス・フジヤマであっているのかい……?」

「本名は言うなって何度も言ってるだろ、バカー!」


 俺はイエローのつま先に蹴り飛ばされ、空中をくるくると舞った。

 その俺を、ミストが片手でバシッとキャッチする。


「お前が絡むと話が進まん。しばらくヒツジになってろ」

「メェぇぇ~」


 俺はミストのチョップを受けて、人間性を喪失した。


「なんだかわからんが、ヒロトとイエローは……いまはツカサと呼んだ方がいいのか?」

「うん、今は黄馬おうまツカサって名前だからね。けっこう気に入ってるんだ」

「わかった、今後はツカサと呼ぼう。それで、名前が変わったということは、お前たちも転生したということか?」

「おうっ! そのとおりだぜ!」

「あー、ヒロトはちょっと黙ってて。話が進まなくなるから」

「わかった! 黙ってるぜっ!」


 俺に続いて、ヒロトがだんまり組に加えられた。


「正確にはね、違う世界に転生してから、この世界に転移してきたんだよ。まさかミストたちがいる世界だなんて思わなかった」

「違う世界? 転移? どういうことだ?」

「ちょっとややこしくなるけど、順を追って説明するね」


 ツカサの話によると、二人は何度も転生を繰り返しているらしい。

 正義を司る女神様とやらに寵愛されていて、死ぬたびに異世界に転生させられて、そこで世界を救う使命を担わされてきたのだそうだ。そして、直近も違う世界に転生し、悪の組織と戦っていたのだが――


「ヒロトと買い物してたらさ、ビルごと変な力場に囚われて、気づいたらこの世界にいたってわけ。同じ世界に繰り返し来たことはないから、ミストたちがいるなんて思いもしなかったよ」

「こちらとしても信じがたいことばかりだがな……。どうして以前は話してくれなかったんだ?」

「うーん、証拠もないし、信じてもらえたところで意味もないからね。嘘をつこうとか、秘密にしようってつもりはなかったから許してほしいな」

「まあ、それを知ったところで何か出来るわけでもないしな。つまらないことを聞いた。こちらこそ許せ」

「あはは、ミストのそういう真面目なところ、変わってないね。とにかく、ひさびさに会えてうれしいよ」

「ああ、私もだ。また王都のカレー店を巡りたいものだな」

「そういえば、こっちでボクが死んでからどれくらい経ってるの? 新しい味のカレーもできてるのかなあ」

「ああ、それはだな――」


 俺たちだんまり組を放置して、ミストとツカサがカレー談義に話を咲かせはじめてしまった。

 ヒロトは体育座りでじっとしている。

 そして俺は、メリスちゃんに捕まってこねこねされていた。

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