第44話 大賢者、旧友に会う
声がした方を見てみると、近くの遺跡の屋上に太陽を背にする黒い人影が見えた。
その人影は両手をぐるっと大きく回すと、さらに叫んだ。
「この世に太陽ある限り、闇の栄える試しなし! 変ッ! 身ッ!!」
叫びとともに人影は炎に包まれ、屋上から飛び降りてくる。
高さにして30メートルくらいはあるか。ダイナミック焼身&投身自殺かなあ。なんとかと煙は高いところが好きって言うし、その手合かもしれん。
いや、しかし、あんな暑苦しいやつが何人もいるとは思えんしなあ。
予想通り、炎をまとった人影は片手、片膝を地面について見事に着地した。
路面が砕け、ちょっとしたクレーターができている。
そしてその中央で立ち上がるのは、真っ赤な全身タイツを着た男だった。
「正義と友情の使者、ジャスティスレッド参上ッ! いくぜッ!
真っ赤なタイツは炎の筋を引きながら猛スピードで駆け回り、ゴキメイド軍団を跳ね飛ばしていく。ふっ飛ばされたゴキメイドは一体残らず炎に包まれ、タイツがその足を止めると同時に爆散した。
タイツは俺たちの前に歩いてくると、変身を解除した。
タイツが消えて中から現れたのは、燃えるように真っ赤な短髪の男。引き締まった長身には均整の取れた筋肉が無駄なくついている。
「ようッ! 俺の名は天王寺ヒロト。英雄の人って書いて
白い歯がキラッと光った。
あ、これはもう間違いないわ。俺が知ってるあの《神託の勇者》ヒロトだ。
* * *
「へえ、セージまで転生してたなんてびっくりしたぜ!」
「こっちはお前が転生してることに驚いたわ」
「まったく、セージに続いてヒロトまでとは……思わぬことが続くものだな」
ふふ、ヒロトもミストが女だったとは知らないはずだ。
さあ、せいぜい驚きのリアクションを見せてくれ!
「おう、ミストも久しぶりだなっ! 元気だったか?」
「おかげさまで変わりはないよ」
んんー? あれー? どうしてヒロトは驚かないんすかね?
「邪神を封印して、王都に戻ったあとに告白されたからなっ!」
「こっ、告白ぅ!?」
えっ、じゃ、じゃあ、あの旅のあとはふ、二人はそういう関係になったの!?
バグった俺は、言語化不能な複雑な思いをメェメェと鳴き声に込めた。
「紛らわしい言い方をするな、熱血バカ。女であることを告白したんだ」
「あれ、なんか変な言い方だったか? わかんねえけど、悪かったな!」
「メェぇぇ~?」
「お前はお前でヒツジになるな」
ミストチョップが脳天に炸裂し、俺は人間性を取り戻した。
「ねえねえ、お兄ちゃんは伝説の勇者様なの?」
「ああっ! そんな風に呼ばれていたな! でも気安くヒロトって呼んでくれよっ!」
「わかったー! ヒロトお兄ちゃん、よろしくね!」
「おう、よろしくなっ!」
ヒロトはメリスちゃんに右手を差し出し、がっちりと握手をする。
こいつは誰に対してもこんな感じで、子どもに対してもお偉いさんに対しても同じ態度だ。転生してもその性格は変わってないらしい。
「最期の言葉も、『オレが死んでも、正義の炎は消えないぜッ!』だったからな。80歳過ぎの老人のセリフじゃなかったぞ」
「そうか? 何歳になろうが、何回転生しようが、オレはオレのままだぜッ!」
「たしかに、暑苦しさも変わってねえなあ」
「だろッ!」
軽口で返したのに、ヒロトはそれを褒め言葉として受け取ったようだ。
親指を立てて笑い、キラッと白い歯を輝かせる。
っていうか、ヒロトはそんな歳まで生きて大往生していたのか。
俺が死んでから百年経ってるんだから当然そんなこともあるんだが、まるで考えてなかった。杖をついてヨボヨボになってるヒロトなんて想像もつかねえや。
「ああ、さすがに歳には勝てなかったなッ! ひさびさにバック宙をしようとしたら、ミスって庭石に頭をぶつけて死んじまったぜ!」
「どこがヨボヨボなんだよ」
「私もアレは、笑えばいいのか泣けばいいのか、感情の持って行きどころに困ったぞ……」
前言撤回。死ぬ直前まで元気いっぱいだったようだ。ま、そういうやつだよな。
「積もる話はあるが、それはともかくだ。どうしてヒロトはこんなところにいる? さっきのメイドのようなゴーレムたちは何なんだ?」
「オレがここにいる理由? それはもちろん、悪の気配と助けを求める心を感じたからだぜっ!」
「そういう意味じゃない。とはいえ、こちらを聞きはじめると長くなりそうだ。ゴーレムの方から聞こう。あれらについて、何か知っていることはあるのか?」
「全身金属だから、殴るとなかなか硬いな! ドリルは威力があるから受けずに避けた方がいいぜっ!」
「いや、そういう意味じゃなくてな……」
ミストがヒロトから情報を引き出そうとして苦労している。
昔っから噛み合わないんだよなあ、この二人は。
「ヒロトくーん! だいじょうぶー!?」
ミストとヒロトがコントを繰り広げていると、女の声が聞こえてきた。
瓦礫だらけの荒れ道を、一人の女が手を振りながら駆けてくる。
それは、遠目に見てもわかるほどだった。
それは、激しく、しかし柔らかく上下に揺れていた。
その女に備わる胸の厚みは、それはそれは立派なものであった。
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