第41話 大賢者、謎の才能が豊富

 瘴気領域を進むこと2週間ほど、景色は見渡す限りの砂砂漠に変わっていた。

 まるで海を進むように、砂の波をかいて地上帆船が進んでいく。


「右舷前方、スナモグリの敵影発見。迎撃用意」


 操舵室兼司令室にいる俺たちは、遠くに立ち昇る砂煙を視認した。

 ぶっとい柱のようなものがうにょうにょと動いている。名称はスナモグリ。瘴気領域に巣食う魔物の一種だ。砂漠を自在に潜り、地面から飛び出して獲物に襲いかかる肉食性の大ミミズである。


「ではメリス君。頼んだぞ」

「わかったー! 《魔弾》!!」


 銀色のパネルに手を置いたままメリスが魔法を使う。

 その魔法は魔導線を伝って艦首に備えられた砲塔で発現し、光の弾丸が3つ立て続けにスナモグリに向かって飛んでいった。スナモグリは身をよじって苦しんでいるが、追い払うまでには至らなかったようだ。砂を巻き上げながら、こちらに向かって突進してくる。


「ふむ、《魔弾》の火力では不足するのだな。《雷光弾》」


 今度はメリスに代わってミストが魔法を使う。

 紫電をまとった光球が発射され、スナモグリの巨体に突き刺さる。紫色の稲妻がスナモグリの全身を駆け巡り、ぷすぷすと白煙を上げながらドスンと倒れた。ミストの得意な雷系魔法だ。


「中位魔法なら十分に通用するな。このあたりに脅威となりうる異類はいないようだ」

「ミスト先生、すごーい! でも、イルイってなあに?」

「ああ、瘴気領域にいる魔物の総称だ。王国にいる魔物と性質が違うことが多いからな。研究者は区別のために使い分けるが、あまり気にする必要もない」

「へえー、そうなんだー」


 むぅ、景色が見れるし索敵も手伝えるから、俺も操舵室にいるが……なんというか、微妙な疎外感がある。

 百年前に旅をしていたときは、魔法をぶっ放して敵を吹き飛ばすのは主に俺の役割だった。大物となると一筋縄ではいかないから、ヒロトやイエローが前衛に立って食い止め、俺とミストが高位魔法の術式を整えるという役割分担ができていた。だが……現状、俺がいる存在意義が小さすぎる!


 俺は不満を表明するために、その場でどんぐりタップを刻んだ。

 硬い木製の床がいいかんじの音を立てている。おっ、これは木琴みたいで楽しいな。踏む板の場所で音が変わるぞ。俺は音階を確かめつつ、1曲分の演奏を終えた。


「わー、ヒツジ先生、すごーい!」

「お前は謎の才能だけは豊富だな……」


 ミストが呆れているが、メリスちゃんがパチパチと拍手をしてくれているから満足だ。

 たったひとりの観客のために行われる公演……そんなものがあってもいいじゃないか。


「暇なら、食事の支度や掃除を手伝ったらどうだ?」

「そんなん終わっちまったよ。それに、メシならミストが作ったほうが美味いしさあ」

「そ、そうか。私の料理は美味いか……」


 ミストの頬がぽっと赤くなる。

 俺はなぜか胸がキュンっとした。


「と、とにかくさ、俺も昔みたいに魔法をぶっ放したいわけ」

「浅はかなことを言うんじゃない。何のための旅なのか自覚しろ」

「ねえねえ、どうしてヒツジ先生は魔法使わないの?」


 あっ、しまった。

 メリスちゃんの前でちょっと説明しにくい話をしてしまった。俺の余命については相変わらずトップシークレットなのである。


「ええっとねえ、そうだねえ。先生の魔法はね、ちょっと特別なんだ。大賢者スペシャリティっていうか、下手に使うと宇宙の法則が乱れるっていうか、なんか上手く言えないけどそういうのがあってね。あっ、上手く言えないのはとってもむずかしい理論のせいだからね。ペキンの蝶の羽ばたきが、ブラジルで竜巻を起こす的なね? なんて言ったっけアレ……」

「カオス理論」

「そう、カオス理論的なアレでね、とっても複雑でややこしいことが発生するんだ。あ、いや、先生がわかってないって意味じゃないよ? 古典物理学的な世界のままだったなら先生にもすっきり説明できるんだ。でもね、量子論とか、降魔災害以降の魔素の影響とか考えるとね、これがもうなんというか複雑怪奇で風が吹けば桶屋が儲かる的なアレになっててちょっと説明がむずかしいんだよ」

「ふーん? そうなんだー! わかんないけど、ヒツジ先生はすごいんだね!」


 ミストのアシストを受けつつ、俺の大賢者としての尊厳は守られた。

 円環の内側インナーサークルで数学やら物理学をやってた連中の話を聞きかじっていてよかった。あいつらの話はマジでよくわからなかったが、なんとなく説得力を持たせられるキーワードがたくさん含まれているのが実にありがたい。


「……左、右、うしろ、いっぱい出てきた。焼く?」


 俺たちがわちゃわちゃしていると、シロちゃんが新たな敵影を発見した。

 これは話を逸らすよいチャンスだと思っていると、ミストが思案顔で顎を撫でている。


「メリス君の魔力放出だが、魔導線を通したらどうなるんだろうな?」

「魔力放出を魔導線越しに? いや、できんことはないと思うが」


 メリスの魔力放出は、瘴気領域に出てからもおよそ3日に1度のペースで行っている。

 防毒マスクをつけて甲板で行っているが、暴走して船体に傷をつけたりすることはない。意識的なコントロールはできていないが、メリスが傷つけたくないと思っているものには被害が及ばないようにはなっているようだ。


「ヒツジ先生ー。あたし、やってみたい!」


 むう、どうせぼちぼちやらなきゃいけない頃合いだったからな。

 メリスちゃんが望むんなら実験してみよう。


 パネルに手を当てるメリスちゃんの背中にどんぐりの蹄を添え、「えやっ!」と溜まった魔力を押し流す。


「んんん!! あァっ!!」


 短い嬌声とともに、メリスちゃんが全身を金色に輝かせてしゅおんしゅおんする。

 操舵室内に強風が吹き荒れる。だが、それは以前ほどのものではない。大部分の魔力が、魔導線を通ってきっちり外に排出されているのだろう。


 どういう原理か、船体すべてが金色に輝きはじめ、周辺に無数の竜巻が発生する。竜巻は俺たちを囲んでいたスナモグリたちを巻き込み、天高く吹き飛ばしてキラーンとお空の星に変えた。


「これは……凄まじいな……」

「……シロのブレスより、すごい」


 あまりの威力に驚愕する俺たちをよそに、メリスちゃんはその場にこてんと寝た。

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