第39話 大賢者、アツくなる

「メリスは、村の教会の前に捨てられていたのです」

「私たち夫婦はずっと子どもが授かりませんでしたから……神からの授かりものと思って我が子として育てることにしました」


 おじさんとおばさんが訥々と話しているのを俺は黙って聞いていた。

 田舎の平和な仲良し親子だと思っていたのに、じつは血の繋がりがなかったのか。言われてみれば、おじさんとおばさんの髪と目は栗色で、金髪で青い目のメリスとは似ても似つかない。


「メリス君の本当の両親を示すような持ち物はなかったのですか?」

「それは何も。ごく普通のおくるみに包まれて、どこにでもあるような竹籠に入れられていました」


 ミストの問いに、おじさんがまるでつい昨日のことのように語る。

 おじさんにとって、その日の記憶はずっと引っかかり続けてきたことなのだろう。


「たしかに、メリス君の突出した魔力量は――」

「おい、ミスト」


 ミストの言葉を発作的にさえぎる。


「血の繋がりなんてのはどうでもいいんだよ。メリスはおじさん、おばさんと十年以上の時を一緒に過ごした。おじさん、おばさんは実の子だと思って愛情を注いだ。メリスは幸せに育った。それならメリスはおじさん、おばさんの本当の子どもだ。そのことには嘘もごまかしもない。ただちょっと、親子になったきっかけが変わってただけだ。引け目に感じることなんて一切ないし、遠慮することも一切ない。これまでもずっと親子だったし、これからもすっと親子だ。余計なことを考える必要はない」

「だ、大賢者様……?」


 あ、いかん。つい素になってぺらぺらしゃべってしまった。

 おじさん、おばさんの前ではずっとヒツジならぬ猫をかぶっていたのでびっくりされてもしかたがない。こりゃドン引きされてるだろうなあ……。生涯独身だった非モテのヒツジさんに急に親子とは……みたいな説教をかまされても何なんだよって思うだろう。


「大賢者様……ありがとうございます! おかげで悩みが吹き飛びました……」

「ありがとうございます……! 私たちが、私たち自身の愛を疑っているなんて情けなさすぎましたね……」


 しかし、予想と違っておじさんとおばさんはぼろぼろと涙を流している。なんだこれは、俺が発作的に話したことが妙に心に刺さってる……!?


「はは、《大賢者》の面目躍如だな。いつもいい加減なことを言うくせに、たまに真剣になるとそれだ」


 横ではミストが苦笑いをしていた。

 ちくしょう、なんか気恥ずかしい。貧民窟スラムじゃ捨て子が集まって家族みたいに暮らしてたから、血の繋がりがうんぬんとか言われるとつい熱くなってしまう。


「あー、えー、なんだか偉そうなことを言ってしまい申し訳ありません。私自身、メリスは自分の妹のように感じております。この身に代えても、メリスの安全を守ることを約束しましょう」

「「大賢者様……!」」


 恥ずかしくなった俺は慌てて舌を繰った。

 するとおじさん、おばさんがますます涙腺を崩壊させている!?


「メリス君はいまや私の大事な弟子でもあります。絶対のお約束はできませんが、可能な限り危険な目に遭わせないよう注意しますよ」

「ミスト様も、ありがとうございます……」


 そんなこんなで、メリスの瘴気領域探索はご両親に許可を得た。


 * * *


「あたしねー、魔法いっぱい使えるようになったんだよ!」

「おお、それはすごいな。何か見せてくれるかい?」

「えっとねえ、じゃあ、《製氷》!」


 メリスちゃんの手から氷が生み出され、おじさんの飲んでいたエールのジョッキにころころと氷の粒が入っていく。続けておばさんにもだ。ふたりはメリスが魔法を使えるようになったことに驚きつつも、にこにこと満面の笑みを浮かべていた。


 大人同士のむずかしい話は終わり、夕飯はメリスちゃんの実家でごちそうになっているのだ。

 濃いめの麦粥と野菜スープという素朴なものだが、以前と違って塩味もしっかりついていて、何かの出汁がきいていて美味い。麦粥をぐるぐるとかき回すと、黒くて平べったいキノコが出てきた。


「うひゃあ、こりゃコリコリしてうめぇなあ。あのキノコって食えたのかよ」

「クロヒラタケと呼んでますな。春になると牧草地に生えてくるので、このあたりではよく食べるんです」

「……とっても、おいしい」

「ああ、お嬢ちゃんも気に入ってくれたかい? これはメリスも好物なんだよ」


 おばさんがシロちゃんの銀髪をさらさらと撫でる。

 メリスちゃんに近い年の友だちができてうれしいようだ。このあたりでは、子どもはあまり多くないらしい。

 ……本当は竜の娘で、メリスちゃんの十倍以上の歳月を生きていると聞いたら腰を抜かすだろうが、余計なことは口にすまい。


 旅の一行にハーピーがいると聞いておじさんたちは最初は警戒していたが、食卓を囲んだらすぐに打ち解けた。

 ピュイたちが身ぎれいにしているから、普段見かけるボサボサ頭のハーピーと見違えているという点もあるだろう。だが、個人的には「ゲギャギャギャギャ! タマゴ、カエセ!」をやらなくなったのが大きいと思っている。


 土産に持ってきた王都産の酒瓶を傾けつつ、夜更けまでメリスの昔の話などを聞いて過ごした。なるほど、メリスちゃんがはじめて羊の解体を手伝ったのは7歳だったんだー。農家の子、侮りがたし。

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