第38話 大賢者、衝撃の事実を知る

「というわけで、メリス君の村へはこれに乗っていく」

「へえ、なんかすごいもん作ったんだなあ」


 王都の門を出た俺たちの目の前には、巨大な船のような物体があった。

 船のようなといってもマストはなく、船底には車輪がつけられている。船を連想するのは全体が流線型だからだろう。大部分が木製で、一部が金属板で補強されていた。船の腹には丸い窓がいくつも並んでいる。


「名付けて『地上帆船イ号』。内部には瘴気の影響がなく、そのまま移動ができる優れものだ」

「なるほど、慣らし運転をついでにやっちまおうってことか」

「そういうことだ。それに馬車で行くよりも早いはずだからな」


 この地上帆船とやらは、ミストが師匠と技術交換をする中で思いついたらしい。

 もともとはテントの開発をしていたミストだが、いっそ居住空間ごと移動させてしまってはどうか――という思想から生まれた。


「へへっ、すげえだろ。あーしらも手伝ったんだぜ」

「ああ、ピュイたちの風魔法がなければ動力の目処が立たなかった。協力に感謝する」

「ま、美味いもんさんざん食わせてもらったからな! 貸し借りはねえぜ」


 ミストの横ではピュイたち魔土怒羅権マッドドラゴンの面々が得意げに胸をそらしている。

 そう、地上帆船はハーピーの風魔法によって走るのだ。船の後部には吹き出し口がついており、そこから風を吹き出せるようになっている。その風を生み出すのがピュイたちというわけだ。

 固有の風魔法を持つハーピーは、人間の魔法使いなんかよりずっと効率よく風を生み出せる。


「でっかくて、かっこいー!」

「……ロマン」


 メリスちゃんとシロちゃんは甲板から身を乗り出してこちらに手を振っている。こらこら、落っこちたら危ないよ。あんまりはしゃぎすぎないようにね。


「ねえねえ、これがうごくの?」

「ああ、楽しみにしていてくれ。それではそろそろ出発しよう」


 俺たちもメリスちゃんたちに続いて地上帆船へ乗り込んでいく。

 機関室に入ったピュイたちが風魔法を使うと、地上帆船は砂塵を巻き上げながらその巨体を進めはじめた。


 * * *


 メリスちゃんの足で7日かかった村への道のりは、わずか半日強に縮まった。

 街道を進む威容に放牧中の羊たちが驚いて熱視線を向けている。くくく、これが文明の利器というものだ。リアル羊どもには到底真似できまい! 俺は甲板のへりでタタタタターンッとどんぐりタップを決めた。


 羊どもに新装備の歯を見せつけてカチカチ鳴らしたり、全身をびょいんと伸ばしてからかっていたら、小麦畑の向こうにメリスの家が見えてきた。俺は羊と戯れるのをやめ、中身を大賢者モードに切り替える。


「そろそろ歩いていくか。ピュイ、止めてくれ」

『おーう、りょーかいだ』


 ミストが伝声管を通じて指示すると、地上帆船がゆっくりと止まる。

 いきなりハーピーが出てきたら驚くだろうから、ピュイたちは一旦船内に残し、残るメンバーでメリスちゃんの家に向かった。


 * * *


「なるほど、メリスを瘴気領域外の探検に連れていきたい……と」

「ええ、メリス君の才能は抜きん出ています。本人も希望していますし、早いうちにさまざまな経験を積ませてやりたいと思い」

「大賢者様のご意見は?」

「王都でも経験は積めると思いますが――「危険はまったくない、とは言えませんが、安全性には最大限考慮します。期間は最短で2ヶ月、長くなれば年単位かもしれません。とはいえこんな概要だけでは不安でしょう。今回は詳細な探索計画について説明に上がった次第です」


 消極的なことを言おうとした俺をさえぎり、ミストがテーブルに資料を広げる。王国全体を含む広域地図と、今回の探索行にまつわる細々とした補足資料だ。


「まず目的地は王国の北東。古地図によればアキバと呼ばれる都市があったとされる方向です。現在の正確な位置はわかりませんが、二百年ほど前に実際に発見された報告があります。王国を出たらまっすぐ北東へと進んでいく予定です。1ヶ月ほど進んで何の発見もなければ、その時点で今回の探索は切り上げ、引き返すことになります」

「それで最短なら2ヶ月と……。しかし、瘴気はどうするのですか? たいへん恐ろしいものだと聞いていますが」


 おじさんとおばさんの表情は不安げだが、それも当然だ。

 王国の辺境ぎりぎりを探索する冒険者でもない限り、瘴気の実態なんて知ってるもんじゃない。実際以上に危険なものだと考えているのだろう。


「瘴気の毒性は一般に思われているほど強いものではありません。一息吸っただけで致命的――というような性質ではないのです。それに、我々にはアレ・・があります」


 ミストが窓の外を指差す。その先には、地上帆船がその頼もしい威容をそびえさせていた。甲板の上では、メリスとシロちゃんが楽しそうに駆け回っている。それを見たおじさん、おばさんの表情が少し晴れた。


 あ、ミストのやつ、慣らし運転だけじゃなくこのプレゼン効果も狙ってやがったな……。抜け目がないというかなんというか。


「『地上帆船イ号』の内部には瘴気が入り込めない設計になっています。瘴気領域の移動中は基本的にあの中で過ごしますし、外に出る必要があるときは防毒マスクを着用します。このほど発見した新素材により、瘴気の悪影響をほぼ完全にシャットアウト可能です」


 そう言って、ミストはカバンから物々しいマスクを取り出した。

 ゴーグル付きで、口の横からは謎の袋が二つ伸びている。これも師匠との技術交換、そして貴重な素材を分けてもらうことによって生まれたミストの新発明だ。


「危険があるとするなら、瘴気よりも未知の魔物ですが、それについては《救国の四英雄》のうち、2人が同行することを考えていただければと。また、委細は明かせませんが秘密兵器もあります」


 物珍しそうにマスクに触れるおじさん、おばさんにミストが畳み掛けていく。

 秘密兵器とはシロちゃんのことだろう。黒竜公の娘が人界にいるなんて知れたら大騒ぎになるので、基本的にこの情報は伏せることにしている。さすがに学院や王城の上層部とかには報告が行ってるんだろうけど。


 シロちゃんは完全な成竜ではないが、それでも竜化したらそんじょそこらの魔物じゃかすり傷ひとつ負わせられないほどの実力がある。人化状態でも大人の男よりはるかに強い膂力を誇り、自分の体重くらいあるメイスを小枝のように振り回すのだ。


 そしてミストも当然強い。

 普通に魔法を使う分には俺の方が上だったが、さまざまな発明品を駆使して戦うのだ。状況がハマればかつての仲間たちの中でも最大火力を発揮していた。南部で突然発生した巨大スライムを、火薬と燃料の混ぜ物に魔法を組み合わせてぶっ飛ばしたときなんかは、周囲数キロの村や町で地震が起きたと勘違いされたほどだ。


「そこまでおっしゃられるのなら、メリスをよろしくお願いします」

「不安な点はありますか? 我々としては、十分な説明の上、納得いただいた上で旅立ちたいのです」

「……いえ、不安はないのです。いつかこんな日が来るのではないかという予感もありました」


 おじさんが、何かを言いづらそうにしている。

 しばらくの間があって、やっと決心がついたように口を開いた。


「メリスは、私たち夫婦の実の子ではないのです」

「メェっ!?」

「え?」「は?」「おい」


 おじさんの衝撃の告白に、俺はヒツジに脳を支配されていた。

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