第37話 大賢者、決心する

「こちらの準備は整った。セージ、お前はどうするつもりだ?」

「あー、どうするって言われてもなあ……」


 俺はミストの研究室に呼び出されていた。

 今日はメリスちゃんもシロちゃんもいない。二人きりの秘密の相談である。


「すぐに出るんなら、メリスも連れてかなきゃなんないからな。できれば、メリスがひとりで魔力過多に対応できるようになるまでは待ちたい」

「メリス君がほとんどの初級魔法を扱えるようになったのは知っている。見たこともない習得の早さだ。だが、魔力過多に対応できるだけの魔法が扱えるようになるのには何年かかる?」

「そんなんわかんねえって」


 メリスちゃんの魔法の習得速度はとんでもない。大賢者である俺と同じ年頃と比べても、倍以上の魔法を身につけている。

 しかし、中位以上の魔法にはまだ達していないし、高位魔法に至っては見通しも立たない。魔法の習熟、そして肉体の成長によって魔力の生成量も増えているから、メリスがいま使える魔法だけでは魔力過多症を抑えるだけの魔力排出ができない。


 結局、俺がついて数日に一度は魔力を吐き出してやらないと危険な状況に変わりはないのだ。


「改めて確認するが、お前の身体はどれくらい持つ?」

「ざっくり3年ってとこかな。ミストの魔導線と、師匠の魔石のおかげでだいぶ寿命が伸びたよ」


 ミストは会うたびに俺の寿命を確認してくる。

 変化があれば俺から言うからいちいち聞かなくても大丈夫なのだが……そんなことを言ってまたガン泣きされたらどう対応していいのかわからない。なので俺は毎回素直に答えている。


「安全マージンは十分に取っている……が、それでは納得しないんだろうな」

「危ないことには変わりがねえんだから。自分のために、子どもを危ない目に合わせるのはそりゃ違うだろう?」


 ミストができたという準備は、瘴気領域外の探索の話だ。

 王都に帰ってきてから、ミストは師匠が魔石を拾ったというアキバ遺跡への遠征に向けた準備をずっと進めていたのである。


「それに、俺が必須ってわけじゃないんだろ?」

「必須ではないが、魔石探しの効率が格段に高まるのは間違いない」

「むぅ……そりゃあそうなんだろうが……」


 ミストと比べると、魔力探知の感覚は俺の方が段違いに優れている。

 集中すれば、俺なら数百メートル先から魔石のある場所を察知できるだろう。本物の魔石に触れたことで、それがどういうものなのかも理解した。遺跡探索において、それがどれだけ有利に働くかは俺も知っている。


 瘴気領域外の探索ははっきり言って博打だ。

 行ってはみたものの、どこにもたどり着けずにすごすご帰ってくるのが9割だという。そして残りの1割は帰ることすらかなわない。ごくごくわずかな例外だけが、成果を持ち帰れるのだ。


「では、少し視点を変えよう。何のしがらみもなかったら、セージ、お前自身はどうしてる?」

「え?」

「質問を改めようか。百年前の私たちだったら、瘴気領域外の探索依頼があったらどうしてた?」

「そりゃ行くよ。面白そうだもん」


 思いもよらぬ方向からの問いかけに、俺はぽろりと本音をこぼしてしまった。


「セージ、お前自身は行ってみたい。そういうことでいいんだな?」

「なんかハメられた感じがするけど……ああ、何にもなきゃ俺だって行ってみたい。でも、メリスを放っておいて行くわけにゃいかんだろ」


 俺の返事に、ミストは細くため息をつく。


「本当にお前というやつは……どこまでも他人が優先なんだな。まあ、いまさらそれを言ってもしようがない。それで、メリス君自身はどう考えているんだ?」

「そんなん、聞いたことねえからわかんねえって」

「それを聞かずに勝手に決めるのは大人の傲慢だと思うがな。だいたい、お前からして冒険者ギルドの依頼にメリス君やシロ殿を連れ出しているんだろう?」

「うう、むぅ……」


 それを言われると俺にも反論のしようがない。

 一応、安全そうな依頼を見極めているつもりだし、シロが竜化すればそんじょそこらの魔物なんて相手にもならない。本当に危ない事態になれば、俺が魔法を使うという手段もある。


 だが、ミストは「安全マージンを確保している」と言った。

 俺が勝手に、メリスちゃんに余計な心配をしているのかもしれない。


「わかった。直接聞いてみる」


 降参した俺に、ミストは再び細いため息をついた。


 * * *


「ヒツジ先生ー! あたしは行ってみたい!!」

「……チョーダの外。気になる」

「かっ、軽っ!?」


 俺はミストと共に研究室を出ると、メリスとシロを酒場の個室に呼び出した。

 そして、かなり深刻な雰囲気で話を振ってみたのだが……少女連は一も二もなく瘴気領域外探索に同意してしまった。

 半数が石化して帰ってきたキャラバンの話とか、虫みたいな鳴き声しか上げられなくなった連中の話とかをさんざん怪談めかして聞かせたのに、なんでこうなる? 俺の話し方に迫力が足りなかったのか!?


「うーん、ぜんぜん怖くないわけじゃないけど、先生と旅するの楽しかったから! もっとあちこち行ってみたい!」


 メリスちゃんがキラキラした笑顔で話す。


「……セージと、一緒にいたい」


 シロちゃんがヒツジさんアームをつかんでくる。


「ということのようだ。あとはお前の気持ち次第だぞ?」

「あー、ちくしょう! こうなんのかよ……」


 俺は存在しない髪の毛を心の中でかきむしり、ぼそりとつぶやいた。


「わかった。探索に行ってみよう」

「おお、やっと決心がついたか!」

「わーい! 楽しそう!」

「……わくわく」

「だがその前に、やらねばならないことがあるっ!」


 俺はびしぃっとどんぐりの蹄を3人の前に突き出し、カツンと鳴らす。

 呆気にとられる3人を前に、俺はしゅびびびびんとどんぐりタップを決めてから、告げた。


「危ないことをするんだから、ご両親の許可を得るべきだ」

「ま、まあ、それはそのとおりだな」


 ミストの同意も得られたところで、俺たちはメリスちゃんの村に向かうこととなった。

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