第36話 大賢者、悲しく鳴く

 師匠の家を去り、王都に戻って3ヶ月ほどが経った。

 俺とメリスちゃん、シロちゃんで構成されるチーム《落ち着きがない》は冒険者ギルドに付設されている酒場にいる。ホットドッグなんかをもぐもぐやりながら、掲示板に張り出された依頼表を確認していた。


「へへへ、お嬢ちゃんたち、冒険者ごっこかい? そんなに冒険がしたいなら、お兄さんが夜の冒険に――」

「ほわちゃぁっ!」

「ぶべらっ!?」


 ガラの悪いモヒカンが不審な声掛け事案を発生させたので、俺は容赦なくどんぐりフィストで目潰しを行った。びょいんと伸びるこの攻撃に、初見で対応できるものはまずいない。


「あーあ、あの新参、《落ち着きがない》に手を出しやがったぜ……」

「身の程知らずがバカなことをしやがる」

「でも俺も、メリスちゃんたちと冒険してみたい――」

「ほわちゃぁっ!」

「ぐああっ!?」


 その様子を見ていたモブどもからまた事案が発生したので再び目潰しを敢行した。またつまらぬものを潰してしまったぜ……。俺はどんぐりの蹄を、体内で生成したアルコールをぷしゅっと吐いて消毒した。


「ヒツジ先生ー! ヌルゴブリンの退治っていうのがあるよ?」

「……ぬるぬる、近寄りたくない」

「あたしの魔法でやっつけるからだいじょーぶ!」


 メリスちゃんが目ざとくちょうどよい依頼を見つけてくれた。

 王都の郊外にヌルゴブリンの群れが発見されたので、街道に近寄る前に駆除してほしいという依頼だ。報酬は相場通り。いまから出ても日が暮れる前に帰って来れそうだし、問題ないだろう。


 俺は依頼表を掲示板からむしると、ギルドの受付嬢の元に持っていく。

 カウンターに依頼表を差し出したら、タタタタターンとどんぐりタップを決めてかわいさアピールをするのも忘れない。ふふふ、どうだいお姉さん? この身体、もふってくれてもかまわないんだぜ?


「きょ、《凶獣》のセージさんですね。《落ち着きがない》による依頼受諾、たしかに確認しました」


 せっかくかわいさをアピールしているのに、お姉さんにはいつもドン引きされる。最初に十頭身モードで訪れ、歯をカチカチ言わせながらたむろしているモブ冒険者どもを威嚇したのが間違いだったのだろうか……。あのときは新種の魔物が出たとちょっとした騒ぎになってしまった。人間は初対面の印象を引きずるからね。悲しいけど、仕方がないね……。


 俺は心でひとしきり泣くと、メリスちゃんたちに近寄ろうとしてきたモブの目をまたひとつ潰し、冒険者ギルドをあとにした。


 * * *


「むむむむむぅ……《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》っ!!」


 力んだメリスちゃんの構える杖の先から、光の弾丸が連続して射出される。

 弾丸は草むらにいる粘体でできた人型に突き刺さり、それを穴だらけにした。


 ヌルゴブリン――それはスライムとゴブリンの合いの子と言われる魔物だ。

 ぬるぬるとした粘液を撒き散らし、辺りを汚す迷惑な存在である。街道に出てわだちに粘液がたまれば馬車のスリップ事故の原因にもなるし、畑に出れば作物に粘液をかけてダメにしてしまう。戦闘能力は低く、積極的に人間を襲うことはない。だが、間接的な脅威度は高いという巨大な害虫のような存在だ。


「どう先生? あたし、上達してるー?」

「うんうん、メリスちゃんはすごいねえ。魔弾を3つもいっぺんに撃てる人なんて、魔法使いにもなかなかいないよ」

「えへへ、やったー!」


 メリスちゃんは黒いローブをはためかせながらぴょんぴょん飛んだ。冒険に出るときのメリスちゃんは魔女っ子ルックだ。うふふ、かわいいねえ。


「……やること、ない」

「シロちゃんがいるだけで心強いからね。前衛はパーティの要だよ」

「……そう」


 シロちゃんがまんざらでもなさげにバカでかい戦鎚メイスをぶんぶん振るう。シロちゃんはメイドさんルックだ。一度喫茶店で見かけてすっかり気に入ってしまったらしい。

 シロちゃんはドラゴンなので、皮膚は下手な鎧なんかよりもずっと強い。ファッション優先でどんな装備を選ぼうがかまわないのだ。


 さて、なぜ俺たちがこんな冒険者の真似事をしているのかというと、目的はふたつある。


 1つ目は、メリスちゃんの魔法の修行。

 魔法は的に向かって空撃ちしているよりも、実践の方が上達しやすい……なんてことが言われているが、これについては都市伝説かもしれない。メリスちゃんの魔法の才能が知られれば、よからぬ輩に狙われるかもしれないので、実戦を通じて護身できるだけの力を身に着けてもらおうという算段だ。


 2つ目は、もっと切実だ。金を稼いでいるのである。

 宿は学院の客室を借りているし、滞在費はミストが出してくれているのだが――完全にミストのヒモじゃねえか。そういうのは、なんというかとてもよろしくない。男の沽券に関わるとか古臭いことを言うつもりはないが、借りっぱなしというのはいつか人間関係を壊す。


 というわけで、修行とバイトを兼ねた一石二鳥の案が冒険者ごっこだったのである。


「……ヌルゴブリン、食べれる?」

「食べられないねえ。毒はないけど、すっごい臭いんだ」

「……ふーん」


 俺が長い火ばさみでヌルゴブリンの討伐証明となる小さな角をほじくり出そうとしていると、シロちゃんが素朴な疑問をぶつけてきた。

 ヌルゴブリンは貧民窟スラム時代に何度か食べてみようとチャレンジしたことがあるが、何をしようが下水のような臭いが抜けず、とても食べられたものではない。ドブネズミの方がずっとマシな味がする。


 シロちゃんは、好奇心が赴くままについてきているって感じだ。

 懐いてくれるのは嬉しいのだが、ドラゴンの巣立ちってそんなんでいいのかと若干心配になる部分はある。なんとなく、若いドラゴンが孤高に放浪を続けてそのうちどこかに腰を落ち着けるというイメージがあるんだが……まあ、俺はドラゴンじゃないからわからない。当のシロちゃんがやってることなんだから、きっと問題ないんだろう。


「あっ、ヒツジ先生、あぶない!」

「メェ?」

「……びっちゃびちゃ」


 考え事をしながら火ばさみを使っていたら、近くに隠れていた小さなヌルゴブリンから粘液を吐きかけられた。

 俺は全身に染み渡る異臭を感じながら、悲しく「メェぇぇぇ……」と一回鳴いた。

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