第35話 大賢者、にゃんこを見直す

 ――魔石。

 それはあるいは純粋魔結晶。賢者の石とも呼ばれることもある。

 魔力が質量を得て物質と化したもので、理論上では存在するとされている。

 だが、現物はどこにも存在しないはず。そういう幻の物質だ。


「って師匠、なんでこんなもん持ってんだよ?」

「若い頃に瘴気領域の外で拾ったのじゃ。じゃが、これなら取り込めるんじゃないかの?」

「んぐっ!?」


 師匠は金属の指でヒツジさんマウスをこじ開け、魔石をねじ込んできた。

 魔石は腹の中に落ち、半機械微生物に反応して超濃厚な魔力を放出しはじめる。

 なるほど、これなら……俺は魂の殻を開き、にじみ出た魔力を吸収した。


「どうじゃ、上手くいったか?」

「ああ、たぶん半年分ぐらいにはなった」

「うむ、それは重畳じゃ。預けものを引き取った甲斐があったというものじゃ」

「あ……ああ……ま、魔石が……一粒で豪邸がいくつも買える魔石がヒツジに食われてしまったにゃ……」


 腕を組んで満足気にうなずく師匠の横で、にゃんこががっくりと膝をついている。

 たぶん委託販売か何かを引き受けていたんだろう。

 とはいえ、俺がもらったものなんだから諦めてほしい。そもそも少女連からもふもふされる権利を俺から奪ったのはにゃんこの方だ。いまは悔しさを噛みしめるがいい。ケケケッ!


 俺は新品の歯をむき出しにし、カチカチと鳴らしてにゃんこを威嚇した。

 にゃんこはビクッとなってメリスの後ろに隠れた。


「こ、このヒツジ……吾輩も食べるつもりですにゃ!?」

「ヒツジ先生ー、先生は猫ちゃん食べるの?」

「食べないよー。ただ生き物としての格の違いを教えてあげていただけさ」

「なんでそんなことするんにゃ!?」


 俺はカチカチと歯を鳴らしながらにゃんこを追いかける。

 楽しくなって追いかけ回していると、ミストに首を捕まれてぶら下げられた。


「何を遊んでるんだ?」

「い、いや、ちょっと楽しくなっちゃって……」

「話が進まんだろう。ウィズ殿、どちらで魔石を入手したんですか?」

「北東の瘴気領域を越えた先の遺跡じゃな」

「北東……というとアキバ遺跡ですか?」

「古地図の通りならそうじゃの。わしが行ったのも二百年くらい前じゃし、いまはどうなっておるかわからんが」


 降魔災害以降、この地球の大地は脈動するかのように伸縮を繰り返しているという。

 王国は地盤が安定しているが、瘴気領域の外となるともはやどうなっているのかまるで予測がつかない。十数年前はそこにあったはずのものが、いつの間にか消えていたりするのだ。それが瘴気領域外探索の難易度を高める原因のひとつとなっている。


「で、セージ。魔石からなら魔力が吸収できたんだな?」

「あ、ああ。ものすごい密度の魔力だったからな。魂の殻を開けても、入ってくる方が多かった」

「ほう、なるほどな……」


 ミストの圧が妙に強く、俺はたまらずどもってしまった。

 ミストが細い顎を撫でて思案顔になっている。


「ウィズ殿、魔石はまだアキバに眠っていると考えますか?」

「大気中の魔力が濃い土地じゃったからの。予想になるが、その環境が続いているなら魔石が新たに生まれている可能性は高いと思うぞ」

「瘴気領域はどのように渡ったのですか? この要塞を使って?」

「ここは自動運転でな、わしの意思では動かせんのじゃ。研究の副産物にほとんどの瘴気を吸着できる物質を使ったマスクがある。それを使ったのじゃ。内臓はいくつかダメにしたがの」


 師匠がカラカラと笑いながらものすごいことを口にする。

 なるほどね、師匠の身体がほとんど機械でできているのは、そのときにダメにした内臓を補う意味もあるのだろう。


「なるほど、遮断ではなく吸着……。現物を拝見することは可能ですか? 私の研究成果と組み合わせれば、より高効率の瘴気対策ができるかもしれません」

「おお! もちろん見せてやれるぞ! 吸着、分解のアプローチには限界を感じていたところでの。新しい意見を聞かせてもらえるのは大歓迎じゃ!」


 タッグ研究バカが俺たちにわからない会話で盛り上がりはじめ、研究室の方へと消えそうになる。

 そこに、黒いにゃんこが追いすがった。


「受け取りにハンコかサインをお願いしたいですにゃー!」


 どこまでも仕事を忘れないそのプロ根性に、俺はにゃんこのことを見直した。

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