第34話 大賢者、猫と張り合う

 ピーンポーン。

 俺たちがヒツジさんボディのお披露目会でわちゃわちゃしていたら、玄関のチャイムが鳴った。


『ちわーすにゃー! クロネコ商会ですにゃー!』

「おお、いつもご苦労さま。いま開けるのじゃー」


 師匠は壁のインターホンを操作し、玄関の門のロックを解除する。

 そしてうぃーんがしょんと駆動音を立てながら門へと向かっていった。

 俺たちもとくにやることがないので、なんとなくそれに着いていく。


「いつもお世話になってますにゃー」

「うむ、わざわざすまんの。こちらの品も用意するから中で茶でも飲んでいてくれ」

「お気遣いありがとですにゃー」


 門の向こうに立っていたのは、荷物を抱えて直立する黒猫だった。

 漆黒の毛並みはつやつやと陽光を反射し、まるで王族が着るビロードのような美しさだ。それが半袖のチョッキを羽織り、肉球をぷにぷにさせながら歩いてくる。


「すごーい! 猫さんが話してるー!」

「……もふもふ」

「にゃー!? 何するにゃー!?」


 突如来訪した直立二足歩行のにゃんこにメリスちゃんとシロちゃんが飛びついた。

 頭を撫でたり、顎下をくすぐったり、お腹の毛をもふもふしたりしている。

 俺は心のどこかから湧き上がってきた対抗心に従って、バック宙からのヘッドスピンを決めた。へいへい、俺だってもふもふなんだぜ……!


「や、やめるにゃー! そんなところを触られるとっ、にゃー! ごろごろ……うにゃー……」

「かわいー!」

「……もふもふ、もふもふ」


 しかし、俺の渾身のヘッドスピンは無視をされ、少女連は新キャラのにゃんこに夢中だった。

 にゃんこはにゃんこで腹を見せて床にでろーんと転がり、ごろごろと喉を慣らしている。ちっ、こやつ、なかなかできるな!


「ごろごろ……うにゃー! 吾輩は仕事中ですにゃ! ちょっと離れてほしいですにゃ!」


 にゃんこはひとしきりモフられたあとに、突然我に返ってにゅるんと立ち上がった。

 その素早く柔らかい身のこなしはまさしく猫である。

 にゃんこは荷物を抱え直すと、通路の奥へと進んでいった。


 * * *


「うにゃー! これが《黒鉄くろがねの魔女》の新作ですにゃ。先生のファンが喜びますにゃー」

「うむ、今回は刃先の仕上げにこだわってのう。微細な刃が対象に食い込み、力を余さずに伝えられるようになっておるのじゃ」

「これで斬りかかられたらひとたまりもないのですにゃー」


 応接室で師匠とにゃんこがやり取りしている。

 メリスちゃんとシロちゃんはそんなにゃんこの一挙手一投足に今日興味津々だ。

 俺はその横で十頭身モードになったりブレイクダンスを決めたりしているが、まるで目線をもらえない。くっ、悔しい……!


「この要塞にはクロネコ商会の転移陣が刻まれているのですか……!?」

「うむ、たまたま縁があってな」

「たまたまじゃないですにゃー。最初は誘拐同然だったと聞いてますにゃ」

「二足歩行の猫など、見かけたら連れ帰りたくなって当然なのじゃ」

「それは開き直りなのにゃ……」


 クロネコ商会は、王国全土に根を張る大商会だ。

 クロネコ族の持つ固有魔法瞬間転移を使い、貴重品や僻地間の輸送をなりわいとして繁盛している。いろいろ制限があるので転移陣があるのは王侯貴族や大商人の屋敷くらいらしく、ミストが驚くのも無理はない。


「でも、おかげで良い取り引きができるようになったと大旦那様からも聞いておりますにゃー。実際、先生の作る品々は金等級の冒険者の間で引っ張りだこですにゃ!」

「ふふふ、そうじゃろうそうじゃろう」


 にゃんこのお世辞に師匠はすっかりご満悦だ。

 つか、金等級って何? そういえば王都を出るときに雇った冒険者も銀等級がなんたらとか言ってたけど。


「冒険者の等級を知らないんですかにゃ? まあ、普段荒くれ連中と関わってないと知らなくても当然かもですにゃー。金・銀・銅・石に分かれてて、最初の方から順番に実績が高い順ですにゃー。十年くらい前に王国が定めた制度ですにゃ」 

「原則的に、金等級から瘴気領域外の探索メンバーに選抜される。外域探索を活性化させるために、エンリケ王が敷いた制度のひとつだな」


 にゃんこの解説を、ミストが補足してくれた。

 なるほど、冒険者学校なんてもんが出来て、それが学院に統合されたのも王国の政策の一環だったんだろう。いまの王国は、外に向かって開拓を推し進める人員を求めてるってわけだ。


「そうそう、こちらからの品の検品もお願いしたいですにゃ。いつもの香辛料と食料、それにお預かりしていた品の返却ですにゃー」

「うむ、すまんの。しかし、百年以上預けてひとつだけ買い手がつかずに残るとは、これも運命かのう」

「こちらの力不足で申し訳ないですにゃー。最初に高値がつきすぎて、ついてこられる人がいなくなっちゃったみたいなのですにゃ」

「いやいや、文句を言っているわけではない。むしろ残っていてよかったのじゃ」


 師匠はにゃんこから小さな宝石箱を受け取ると、それをそのまま俺に寄越してきた。

 なにこれ? プレゼント? 別に俺、宝石とか興味ないんだけど。


「つべこべ言わんで中身を見てみい。いまのお前に必要なものじゃ」

「まあ、もらえるもんはもらっておくけど……。えっ、何これ?」


 宝石箱の中に収められていたのは、濃縮された魔力を漂わせる真っ黒な小石だった。

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