第33話 大賢者、師匠の夢を知る

「まず、わしの専門は生命機械工学。生命と機械を融合させ、双方の利点を生かした新たな生命や機械を生み出すことを目指す学問なのじゃ」


 白衣を着た師匠が青い長髪をふぁさっとかき上げ、ドヤ顔を決める。

 ミスト以外のメンバーはぽかーんとした顔をしている。そりゃねえ、この説明でわかる人はそういないだろ。


「むう、伝わらんか。では実際にできることを言おう。まずは半不老。わしの若々しい肌を見てみい。人間の普通種であったわしが何百年も若さを保ち続けられているのは生命機械工学の賜じゃ。メンテナンスは必要じゃがな」

「それじゃ、ウィズ先生はおばあちゃんなの?」

「ははは、ババアもババアじゃな。本来なら骨しか残っておらんようなババアじゃよ」

「んで、本当は何歳なん?」

「レーザーメスで刻むぞバカ弟子」


 なんか前にもこんなやり取りがあった気がする。

 俺はぼんやりと遠い記憶に思いを馳せた。


「こほん、そして言うまでもないがこのメタリックな各部パーツも生命機械工学によって生み出された。人体よりも優れたパワー! 人体よりも精密な操作! 人体にはできない様々な機能! まさしくっ! ポストヒューマンと呼ぶべきにふさわしいスペックがこの身に詰まっておる!!」


 師匠は全身からぷしゅーと蒸気を噴き出し、あちこちを無闇に点灯させた。

 あー、演説しながら気持ちよくなっちゃってるな。

 もしもーし、本題は俺がメシを食えるようになった理由の説明ですよー。

 それもとくに説明する必要はないと思うんだけど、師匠がどうしてもって言うから時間を設けたんですよー。


「むっ、話が逸れてしまったかの。ここにセージの体内に設置したものと同じものを用意したから見てほしい」


 師匠は木箱から細長い袋状のものを取り出した。

 先端には口を模した金属製の歯が並んでおり、袋の部分はところどころ銀色の配線が施されている。


 師匠は俺をむんずとつかむと、両手で口をぐいっとこじ開けた。

 ちょっとなんすかこれ、打ち合わせにはなかった流れなんですが。


「この口から接種した食物は、体内の袋に溜められる。そこにはわしが創り出した特殊な半機械微生物が封入してある。食したものは速やかに分解され――」


 師匠は俺の腹を左右にぐいっと引っ張ると、観音開きにがぱーんと開けた。

 あっあっ、やめて。みんな見てるのに……そんな大胆な……。


「このように、ほぼ純粋なエタノールに変わる。見よ、この透明度! 残滓もほとんど残っていないぞ!」


 師匠は俺の胃袋についたコックをひねり、それをグラスに注いで掲げてみせる。

 そんな、私から出てきたもの、みんなに見せつけちゃらめぇ……。


「こうして抽出したバイオエタノールは燃料はもちろん、消毒、清掃、飲用まで可能じゃ! 五感の再現は不可能じゃったが、それはセージの方でなんとかしておるようだから問題ない」


 まあ、もともと何の器官もついてないヒツジさんボディで、五感はちゃんと再現できてたからな。

 なんというか、薄皮一枚隔てたようなちょっと曖昧な感覚ではあるが。


「インヨウって、飲めるってことなのかよ?」

「ああ、飲めるぞ。ただそのままではキツい。炭酸で割ってやるのじゃ」


 ジョッキに注がれたそれを、ピュイが細い目つきで睨んでいる。

 も、もしかして飲んじゃうの? わ、私から出てきたそれを? ぐびっと一気に? それとも恐る恐る? なんだか背徳的な気持ちが沸き上がってくる。

 俺は開けてはいけない扉の前に立つスリルをしばらくぶりに感じていた。


「いや、無理だわ。ヒツジ野郎の腹から出てきたものとかなあ……」

「セーリ的に無理っすよ、姐御」

「だよなあ」


 ハーピー連に拒否され、俺はぶるっと震えた。

 なんだろう、この盛り上がった期待がすうっとかわされる感じ。これはこれで悪くない。そんな扉がすぐ横に開きかけていた。


「まあ、ほぼ純アルコールじゃからな。飲んでも美味いものじゃない。燃料にするのがよいじゃろ」


 師匠はどうでもいいとばかりにジョッキを脇に置いた。

 ちょっとちょっと、それひどくないっすかね? 食べ物を粗末したらいけませんよ? 自分で作ったんだから自分でちゃんと飲まなきゃいけないんじゃないですかねえ!?


「わしも生理的に無理じゃな」


 ぞくっとした。

 ぞくっとしていたら、メリスちゃんが右手を上げた。


「ウィズ先生って、なんでも作れてすごいんだね!」

「ははは、そう褒められると悪くはないが、何でもは作れんのう。本当に作りたいものはまだ出来ておらんのじゃ」

「本当に作りたいものってなあに?」

「うむ、それはな――」


 師匠の青い瞳が、どこか遠くを見るように細まる。


「瘴気を分解できる微生物を作ることがわしの目標、夢なのじゃ」

「なんでー?」

「瘴気がなくなれば、人間、あるいは人類はこの狭い王国に閉じ込められる必要がなくなるからの。降魔災害以前の地球を取り戻し、また伸びやかな文明を取り戻すことがわしの悲願なのじゃ」

「うーん?」

「すまん、少し難しかったのう。瘴気がなくなれば、みんな楽しく幸せに暮らせるということじゃ」

「へー! すごーい!」


 師匠は、そんなことを考えて研究をしていたのか。

 何年か世話になったが、そんな話は一度も聞いたことがなかった。

 メリスちゃんの無邪気パワーの勝利だ……。

 こんな辺鄙なところに住んでいるのも、瘴気のサンプルがすぐに得られるからと考えれば納得できる。

 単なる偏屈じゃなかったんだな……。


「おい、バカ弟子。なんか失礼なことを考えたじゃろ」

「そ、そ、そんなことないっすよ!」


 俺は「メェぇぇー!」と鳴いて、十頭身モードを開放して師匠の手から逃れた。

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