第31話 大賢者、吠える
様々な工夫がこらされた黒竜邸とは違い、師匠の料理は至ってシンプルなものだった。
色の薄いスープに大ぶりに切られた野菜がごろごろ入っているだけの煮込み料理だ。見た目は質素だが、これが案外美味かったんだよな。いまの俺には食えないから、食事中はタンタカタンとタップを刻むだけだが。
「それでセージよ。どういう経緯でそんな身体になったのじゃ?」
「えーと、それはねえ――」
俺がヒツジさんボディになった事情を端的に説明する。
美少女になりたいと願ったことは当然秘密である。
「ほうほう、《神》と思わしき存在の介入があったのか。それは興味深いのじゃ。しかしセージ、その身体では魔力の生成が――「ウィ、ウィズ殿! この要塞のような住居はウィズ殿が作られたのか? 凄まじい技術ですな。後学のために色々伺いたいのだが」
師匠の質問が俺の余命に関わる話になったので、ミストが慌ててさえぎった。
俺は目配せをして師匠に「察しろー!」という念を送る。具体的にはメリスと師匠を交互にしゅばばばばっとものすごい首振りで見た。俺はおそらく、ヒツジさんの首振り速度世界記録を記録したと思う。
師匠とミストからはものすごい目で見られた気がするが、それはそれとして意図はなんとか伝わったようだ。
「うむ、なるほどな……。まあ先ほどの話はまたあとで聞くとして、いまは錬金術師殿の質問に答えよう。この甲虫を模した移動要塞はわしが手掛けたものではない」
「すると、遺跡ですか?」
「うむ、おそらく降魔災害の真っ只中に作られたものではないかと推測しておる」
「降魔災害以前ではなく?」
「人間同士の戦でここまで大仰なものを作る意味が感じられんからのう。虚無の谷を渡ってくる《悪魔》や強力な魔物に対抗するための兵器なんじゃないかの」
「なるほど。やはり兵器でしたか。しかし降魔災害を経た人類にここまでのものを作り上げる余力があったとは――」
師匠とミストがなにやら難しい話で盛り上がり始めたので、メリスちゃんやシロちゃん、ピュイたちが退屈そうにしている。
俺にとっても修行時代に聞かされていた話なので退屈だ。とりあえず、俺たちは河岸を変えさせてもらおう。
「師匠ー。娯楽室使わせてもらってもいいか?」
「ああ、かまわんぞ。それでだな、錬金術師殿、この要塞の機構でとくに面白いところが――」
一応の許可を得たのでメリスちゃんたちを引き連れて食堂を離れる。
やってきたのは『娯楽室』という標識のついた部屋だ。
部屋いっぱいに本やビリヤード台、ダーツに卓上ゲームなどが並んでいる。
「ヒツジ先生ー! ここは何のお部屋なの?」
「ここはねえ、ご本やおもちゃがたくさんあるお部屋なんだよ」
「……たのし、そう」
「シロちゃんもはじめてかな? そういえば、師匠のうちに来るのもはじめて?」
「……うん」
見たことがないものがたくさん並んでいる部屋に、少女連は目をキラキラさせている。うふふ、かわいいね。
「おっ、リバーシあんじゃん。これやろうぜ」
「いいっすね、姐御!」
「待て待て待て待て待て。そういうのはよくない。勝手に決めるのはよくないし、同じ遊びばかり続けるのもよくない。遊びというのは高度な知的活動だ。同じことばかり続けているとマンネリ化してその意義が失われてしまう。要するに飽きる。こういうのは適度に我慢しながら、時々やるからこそ楽しいんだ。今回は新しい遊びをしよう。いくつか見繕ってくるからみんなで気に入るものを選ぶんだ。いいね?」
「お、おう。別にかまわないけどよ」
すごい早口でまくし立てたらピュイが一瞬のけぞった。
決してリバーシでまた負けるのが嫌だったわけではない。断じてない。
俺はぴょこぴょこと部屋の中を探って単純なルールのものをいくつか選び、机の上に並べた。
そして厳正かつ公平な話し合いの結果選ばれたのは――ジェンガである。
長方形のブロックをタワー状に積み上げて、順繰りに1本ずつ引き抜いていき、崩した人の負け、というアレだ。
ふふふ、ジェンガなら自信があるぞ。
何しろヒツジさんハンドはどんぐりがふたつ並んだ蹄で構成されているので、人の手よりもずっと小さいのだ。ジェンガのような細かい作業には圧倒的に向いているだろう。そしてそれに俺の精緻な魔力操作と完璧な計算が組み合わされば、負ける要素など一切ないと言い切れる。ふっ、いまこそこの《大賢者》セージの力を思い知るがいい……。
「あー、またヒツジ野郎が崩してんじゃん」
「ヒツジ先生ー、がんばれー!」
「……セージ、がんばれ」
10連敗した。
ピュイたちには呆れられ、少女連には慰められた。
俺は心の瞳から涙を流しながら、「メェぇぇー!」と吠えた。
き、きっとアレだね。このジェンガ、年代物だからさ、バランスとか寸法とかおかしくなっちゃってるんだね。だからアレよ、俺の計算が通じないっていうか、運ゲーになってるっていうか、運ゲー通り越してクソゲーになっているっていうか、まあ、運じゃしょうがないよね。俺はたまたまついてなかった。決して俺が下手なわけじゃない。
「おい、セージ。ここの機材を借りられることになったぞ。試作をはじめるから着いてこい」
「メェぇぇー……」
俺を呼びに来たミストに、俺は悲しげに鳴いた。
ミストは辺りに散らばったジェンガを見て何かを察したようで、軽く肩をすくめてから俺をむんずとつかんで歩き出した。
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