第30話 大賢者、師匠と再会する

「ふふふ、よく来たのう。お前たちが来ることはわかっていたのじゃ」


 金属板で覆われた通路をカツンカツンと進んだ先に待っていたのは、玉座に座って足を組む女だった。

 その青い髪の女は、半身が漆黒の金属鎧のようなもので覆われている。しかしそれは鎧ではなく、彼女の身体そのものなのだ。


「おっす、師匠。百年とちょっとぶり。そのネタまだやってんの? 寒いからやめろって言ったじゃん」

「その声とうっとうしい口調は……セージ? なんじゃお主、生きておったのか」

「生きてたっていうか生き返ったっていうか転生したっていうか」

「変わったこともあるんじゃのう」 


 俺はぴょこたんと前に進み出て、どんぐりタップを華麗に刻みながら挨拶をした。

 師匠はヒツジさんボディと化した俺にまったく動じることもなく、せいぜい珍しいものを見る視線を向けてくるだけだった。


「お初にお目にかかる。私はセージの旅の仲間で錬金術師のミストと申す者」

「あたしはメリスだよっ!」

「ん? あーしらも仁義切った方がいいのか?」

「……ひさし、ぶり」


 仁義は切らんでいい。ヤクザのカチコミじゃあるまいに。

 シロちゃんはどうやら師匠と面識があるようだった。師匠が黒竜のおっさんのところに遊びにいったときにでも顔を合わせていたのだろう。


「ひさしぶりに賑やかになるの。わしはウィズ。《黒鉄くろがねの魔女》などとも呼ばれておる。それで、わざわざこんなところまで何をしに来たのじゃ? ぶらりと立ち寄れる場所でもあるまいに」

「話が早くて助かるぜ。倉庫にミスリルってあったじゃん? あれを分けてほしくって」

「かまわんが、何に使うのじゃ?」

「あー、えっとね……ヒツジさんボディの改造用?」


 俺の余命の件はミストしか知らない。思わず言い淀んでしまったが、まあ、嘘はついてない。

 師匠の反応を見てみると……あ、いかん。青い目がキラキラしてる。


「ほほ、セージもついに身体改造の魅力に目覚めたか。試作パーツが山ほどあるからのう。何なら新しいものを作ってやってもよいぞ。どんな身体がよいのじゃ? 攻撃重視か? 機動力重視か? 腕はロケットパンチとパイルバンカーのどちらがいい? いや、機銃を仕込むのもロマンがあるのう……」


 師匠が両手の指をわちゃわちゃさせながら、早口でまくし立ててくる。

 いや、そんな物騒な改造は望んでないんだが。


「身体改造……? もしやウィズ殿のその身体は鎧ではなく、なんらかの機械なのですか?」

「おお、そうじゃ。7割方が機械になってるぞ。ほれ、こんなこともできる」


 師匠の両手が手首から外れ、火を吹きながら辺りを飛び回る。


「これは……なんという……」

「すっごーい! お手々が飛んでる!」

「すっげえな、どうなってんだこれ」


 ミストは目を丸くし、メリスちゃんはその場でぴょんぴょん跳ねて大はしゃぎだ。

 ピュイたちは素早く飛び回る手に反応してピクピクと体を動かしている。猫か。


「動力にはヒドラの血から抽出した燃料を使っておる。操作には魔法を使っておるから、あまり長くやると疲れるがな。ほれ、指もちゃんと動かせるぞ」


 師匠の両手はホバリングしたまま指をぐっぱぐっぱさせた。

 そして俺の頭をつかむと、戻って師匠の手首にガショーンと接続される。

 俺は師匠の膝の上でぐねぐねとこねくり回された。手もふとももも金属製だから実に硬い。


「なんじゃこれは? 羊毛だけを固めて作ってるのか? ふむ……この発想はなかったのう。全身を繊維で構成してしまえば可動範囲は広く衝撃吸収性も極めて高い。一部が破損しても異なるラインで補完ができるというわけじゃの。ふむ、バカ弟子にしてはずいぶん考えたではないか」

「お、おう」


 ヒツジさんボディは俺が作ったわけじゃないし、乗り移ったのも偶然なので返事に詰まってしまった。


「ヒツジ先生はね、あたしが作ったんだよっ」

「ほう、メリスと言ったか。どうやって作ったのじゃ?」

「羊の毛刈りをしたあとね、細かい毛が落ちてるから、それを集めて作ったの!」

「ふむ、廃物利用でここまでのものを作るとはなかなかやるのじゃ。わしにも作り方を教えてくれんか?」

「うん、いーよー!」


 メリスちゃんが師匠のわたぐるみづくりの師匠になった。

 メリスちゃん大師匠が生まれてしまった。俺は今後、どうやってメリスちゃんに向き合っていくべきなのだろうか?


「ま、それは後にしようかの。そろそろ昼飯時じゃが、お主らも食べていくか? 大したものは用意できんが」

「おっ、メシか? あーしらもうお腹ペコペコだったからよう、助かるぜ!」

「ゴチになりやす! 鎧の姐さん!」

「ふむ、それではついてくるのじゃ」


 師匠の提案に、ピュイたちが一も二もなく賛成する。俺たちをぶら下げてずっと飛んでたからなあ。腹が減って当然だ。


 師匠は玉座からガションと立ち上がると、うぃーんがしゃんうぃーがしゃんと俺たちをさらに奥へと案内した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る