第28話 大賢者、旅を再開する

 連日続いた吹雪がおさまった。

 少々後ろ髪を引かれる気持ちはあるが、黒竜のおっさんちは完全に寄り道だ。

 本来の目的地である師匠の家、虚無の谷へ向かわなければならない。


 それじゃあおっさん、そしてシロちゃん、バイバイね。

 また遊びに来るからねー。


「うむ、皆すでに吾輩の友人である。気軽に遊びに来て欲しいのである」

「閣下にそのようにおっしゃっていただけるとは光栄です。容易く訪れられる場所ではありませんが、必ずやまた」

「師匠! また指導をお願いしたいのである!」

「わ、わかりました。お約束しましょう」


 おっさんに師匠認定されてしまったミストは手を握られてたじろいでいる。

 黒竜の師匠になった人族なんて、おそらく史上初だろう。


「黒いおじちゃんも元気でね! お料理、ぜんぶおいしかったー!」

「ははは! メリスの食べっぷりも素晴らしかったのである。好き嫌いがないのは実に立派なのである」

「えへへー、メリスはなんでも食べれるよ!」

「うむ、まだまだレパートリーはあるから、また食べに来るのである」

「うんっ!」


 メリスとやり取りするおっさんは、完全に親戚のおじさんムーブだ。

 高い高いをしてくるくるしてたりする。メリスもキャッキャッとはしゃいで楽しそうだ。


「おい、まだ決着はついてねえからな。またやろうぜ!」

「次は絶対姐御が勝つっすよ!」

「ふふふ、まさかハーピーのお嬢さんが我が好敵手となるとは想像もしなかったのである。吾輩はいつでも受けて立つのである」

「なんでえ、偉そうに。いまんとこ引き分けじゃねえか」


 おっさんと、ピュイたちハーピーはミストの薫陶を受けてリバーシの腕をめきめき上げたらしい。

 らしい、というのは俺はもう対戦していないからだ。負けるのが怖いとかそういうわけではない。ほら、俺って大賢者だしさ。考えてみたらパンピーと知的遊戯をするのはさすがにね、ちょっと違うよねっていう。いやー、手加減するのもたいへんだったなー。俺が本気出したらみんな引いちゃうからね。マジで。負け惜しみとかじゃないからねっ!


 とりあえず、リバーシのことは忘れよう。

 なんかおっさんが全員とお別れイベントしてるし、俺もシロちゃんとのイベントをこなしておこう。


 俺はてけてけとどんぐりの蹄を響かせながら、シロちゃんの元へ駆ける。

 シロちゃーん、さびしくなるけど、泣いちゃダメだよ。ヒツジさんはまた遊びに来るからねー。


 なんて声をかけようとしたら、シロちゃんにひょいっと抱え上げられた。

 あらもう、大胆ね。みんな見てるんだから、あんまり激しいのはダメよ……。


「……父上、行ってくる」

「うむ、シロ。寝るときはお腹を冷やさないようにするのである。歯磨きも忘れてはいけないのであるぞ」

「……子どもじゃ、ない」

「ははは! 巣立ちをすればたしかに子どもではないのであるな。しかし、親にとってはいつまでも子は子なのである。」

「……うん」


 シロちゃんは俺を抱えたまま、とてとてと歩いてカゴに乗り込んだ。

 えっ、なんで?


「……ついて、行く。巣立ち」

「ど、どゆこと?」

「うむ、折からシロの巣立ちは考えていたのである。良き友ができた故、これを機会に送り出すことにしたのである」


 おっさんがちょび髭を指でしごきながら胸を張っている。


「ミスト、聞いてた?」

「いや、初耳だ……」

「メリスちゃん、知ってた?」

「知らないー。でもシロちゃんと一緒にお出かけできるの、うれしい!」

「ピュ、ピュイさんはご存知でしたでありましょうか?」

「だからその変な言葉遣いやめろっつってんだろ。知らねえし、一緒に行こうが別にいいんじゃねーの」


 か、勝手に決めやがったな……おっさんめ。

 俺がにらみつけてもおっさんはどこ吹く風だ。ドラゴンにはこういうところがある。


「理由が必要なら、ここ数日の饗応の返礼と思って欲しいのである」

「まあ、ことさらに反対する理由もありませんが……ところで、シロ殿もカゴに乗るのか?」

「……乗って、みたい」

「シロひとりが増えたくらいどうってことねえぜ! あーしら魔土怒羅権マッドドラゴンが、ほんもんのドラゴンを乗せて飛ぶなんてブチ上がるぜ!」


 女性陣はわいがやとかしましく騒ぎながら出発の準備を進める。

 切り替え早いなあ。ま、俺もシロちゃんがついてくるのに反対する理由はないんだよな。いきなりのことで、びっくりしただけだ。昔と違って自分の身も守れるだろうし、なんならいまの俺なんかよりずっと強いまである。


 俺たちを乗せたカゴがふわりと浮かび上がり、黒竜の城を離れていく。

 おっさんは門の前でいつまでも、いつまでも手を振っている。なんともなさそうな態度を繕っていたが、内心ではさびしいんだろう。機会を作って、また遊びに来てやらなきゃな。


 こうして俺たちは、新たな仲間を加えて虚無の谷への旅を再開した。

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