第24話 大賢者、過去改変される

「黒竜公閣下、セージがシロ殿の命を救ったとは、どういうことでしょうか?」

「うむ、説明するので少し待つのである」


 おっさんはナプキンで口元を拭くと、席を立って食堂を出た。

 そして何やら大きな箱を持って戻ってくる。

 おっさんはごほんと咳払いをすると、荘厳な語り口で話しはじめた。


「――いまを遡ること百と数年前。邪神復活の兆しをわずかな者だけが察知していたころ、白骨の森には邪悪なる魔導師が君臨していた……」


 おっさんは箱から白骨の森の模型を取り出し、食卓の上に置く。

 その森に、真っ黒なローブを身にまとい、両手をぐわっとした、いかにも魔王っぽいポーズの人形を設置する。


「――かの者は不遜にも不死王を名乗り、白骨の森から湧き出るスケルトンどもを支配した。無限のスケルトンの軍勢を率い、人界を蹂躙せしめんと企んだのである」


 おっさんは黒竜山脈の模型を取り出し、森の隣に置いた。

 その上に、自分を模したのであろう黒い竜の人形を置く。何の見栄を張ったのか、本人よりもしゅっとした体型だ。


「――その邪悪な企みを阻止せんと立ち上がったのが、かの名高き黒竜公シュバルツ・ヴラドクロウその人である。旧き盟約に従い、王国の西の安寧を保たんとしたのだ。不死王の軍勢は、お世辞にも精強とは言い難かった。吾輩のブレスによって薙ぎ払われ、打ち砕かれ、散々にされ、逃げ惑うばかりだったのである」


 おーい、客観的な語り口だったのが、しれっと「吾輩」とか言っちゃってるぞー。


「――しかし、奸智に長けた不死王は邪悪なる計略をもって黒竜公を罠にはめた。我が城に忍び込み、愛する末娘を人質に取ったのである! なんという卑劣! なんという悪辣! これを許せるものか! 怒り狂う黒竜公であったが、幼き娘を盾にされては手を出せぬ。歯ぎしりをして、無闇に羽ばたくばかりであった」


 おっさんは箱から取り出したハリセンで食卓をばばんっと叩いた。


「――そのとき、天の助けか神の計らいか、一人の少年が現れた。類まれなる長広舌で不死王に取り入ると、傷つき、囚われた幼竜をその魔法によって瞬く間に癒やし、ついでとばかりに不死王をも討ち取ってみせたのである! それは背後からの鮮やかなる奇襲! 猛毒の短剣によって不死王の心臓を背中から突き刺し、あまつさえ首をはね飛ばし、その頭を断崖から谷底へ蹴り飛ばしたっ!」


 いや待てやおっさん。見てきたように語るんじゃない。いや騙るんじゃない。

 つか、戦い方がめっちゃ卑怯じゃねえか。いやそれで片付くんならそれで済ましたけどさ。警戒心が強くて奇襲とか通じる相手じゃなかったわ。


 それに、あの不死王とかいうやつとの戦いは結構きつかったんだぞ。シロを――そのときはまだ名付けもされていない幼竜だったが――かばいながら戦うのはしんどかったんだからな。


「――かくして少年は、幼い竜を救った恩義を通じて偉大なる黒竜公と友誼を結んだ。桃の木の下で、彼らは酒盃を交わして誓いあった。たとえ我ら、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、同年同月同日に生まれることを得ずとも、同年同月同日に死せん事を願わん……」


 おっさんが再びハリセンをばばんっと叩く。

 いや待てや。そんな約束はしてないし、そもそも不死王とやり合う前から知り合いだったじゃねえか。


「――偉大なる黒竜公と兄弟の盃を交わした少年は、幼くも美しい竜に目を留めた。少年自身が救ったあの幼竜である。その白き鱗の輝きに魅せられた少年は、そっと前足を手に取った。そして『姫君、どうか私の妻となってくれないか』と前足の甲に口づけをし……」

「異議ありっ!」


 さすがにたまらず、俺は右手をビシッと突き出して異議を挟んだ。


「む、なんであるか。いよいよエピローグなのであるぞ」

「事実の改変がひどすぎるんだよっ! あんときのシロはまだ人化もできない幼竜だったじゃねえか! 名付けもされてなかったし! それに結婚を申し込むってどんな特殊性癖だよ!? それにおっさんと兄弟の盃なんて交わしてねえし! 桃の木はどこにあるんだよ!? 不死王との戦いのくだりもなんなん!? 戦い方が完全にアサシンじゃねえか!」

「ふふ、歴史とは真実が伝えられるものではない。民草の願望が語り継がれるものなのである」

「当事者がやるんじゃねえっ!」


 俺とおっさんがわーぎゃーやっているところに、シロちゃんがぽつりとつぶやいた。


「……お風呂、入る。みんな、来る?」


 ぞろぞろと食堂を出ていく行列のうしろに、俺もしゅたっと並ぶ。

 お風呂、いいね。俺もさあ、このわたぐるみボディにすっかり垢が染み付いちまっていうか、そろそろ全身丸洗いしてもらいたいっつうか、そういう気分のところだったんだよねえ。


「しれっとついて来るんじゃない」


 俺はミストに首根っこを押さえられ、壁際の燭台に吊るされた。

 俺は手足をじたばたさせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る