第20話 大賢者、黒竜山脈へ至る

 白く枯れた森を飛び越え、俺たちは黒竜山脈へと向かっている。

 骨のような木立を縫って、スケルトンの大群がガシャガシャと手を振りながら追いかけてくるので振り返してあげた。

 やーいやーい、悔しかったらここまでおいでー。


「おい、ヒツジ野郎。お前だけ落っことしてやろうか?」

「えっ、なんで?」

「こっちが必死に飛んでんのにのんきに遊んでっからイラつくんだよっ!」

「自分が苦労してるからって他人にも同じ苦労をさせようって発想はよくないよ? 先輩による後輩イジメが伝統として肯定されちゃってる組織なんかによくあることだ。自分が大変だったんだから、後輩も大変な目に合わないと先輩的には不公平に感じちゃうんだね。理不尽な通過儀礼なんかがあったりする。おたくのチーム、魔土怒羅権マッドドラゴンだっけ? メンバーのみなさんは大丈夫? ピュイさんから理不尽なパワハラとか受けてない? 悩み事があったら相談に乗るよ? とりあえず、現状で不満な点から――」

「こいつマジで何なんだよ……」

「すまん、こういうやつとしか言いようがない。雑音だと思って聞き流してくれ」

「お、おう」


 ハーピーたちの疲労を少しでも紛らわせようと、一生懸命しゃべったり踊ったりしている俺の努力は雑音の一言で片付けられてしまった。真心が伝わらないって、悲しいね。


 退屈だからメリスちゃんに相手をしてもらおうと思ったら、すやすやと眠っている。この絶妙な浮遊感、眠くなるのもよくわかる。俺もいっそ眠れたらいいんだが、ヒツジさんボディでは睡眠が必要ない――というか、そもそも眠れない。


 仕方がないから、俺はカゴの縁に立って眼下のスケルトンをどんぐりタップを刻みつつ数えはじめる。目算だが、2万も数える頃には黒竜山脈にたどり着くだろう。


 いくら身体を動かしても、肉体的な疲労を感じないのも良いんだか悪いんだか。息が上がることもなければ、汗をかくこともない。前世じゃ運動は嫌いだったのに、いざ失ってみると疲労感さえ惜しく感じてくるのだから人間とはわからないもんだ。


 そんなこんなで適当に時間をつぶすこと数時間。

 千メートルを越える氷の絶壁が間近に迫ってきた。白骨の森に続き、黒竜山脈が難所と呼ばれる由縁である。


 通常の冒険者であれば、氷壁に走るひび割れを伝いながら地道に登っていくことになる。

 しかし、俺たちには空飛ぶヤンキーチームというチートがある。普通は1週間以上は覚悟しなければならない道のりだが、数十分で攻略できるのだ。


 上昇気流に乗って一気に高度を上げ、氷壁を登ったところで一旦着陸。

 薄く積もった雪の上に毛皮を敷き、携帯式の天幕を張る。

 今日はここでキャンプを張って身体を休め、明日、早朝から山越えをする予定だ。


「うむ、天幕の遮熱性能は十分だな。あとは骨組みが強風に耐えられるかだが――」

「あれ、このテントもミストの試作品なの?」


 ミストは天幕の中を歩き回りながら各所をチェックしている。

 俺たちに加え、7人のハーピーが休んでいるのに天幕のスペースには余裕がある。

 もっと大人数での使用を想定して開発しているんだろう。


「そうだ。瘴気領域でも防護装備を外して休めるものを作るのが目下の目標だな」

「へえ、瘴気領域をねえ」


 神話の時代に邪神や悪魔が瘴気を放ったとされる荒野――それが瘴気領域だ。

 王国の周辺はぐるりとそれに囲まれており、王国外の世界は滅びてしまったと結論する者も少なくない。


「国内の遺跡はほとんど掘り尽くされてしまったし、農地にできる土地も年々少なくなっている。お前が邪神を封印してくれたおかげだな。いや、これは皮肉ではないぞ」

「内政が充実した結果、国内を開発し尽くしちまって外に目を向けるしかないってことか?」

「急に賢くなるからやりづらいんだよ、お前は……。まあ、そういうことだ。王国が満たされつつある今、溢れそうな水を流せる先を探しているとでも言ったところかな」

「そういう言い回しがすっと出てくるミストさん、マジかっけぇっす!」

「やかましい。これだからお前と真面目な話をするのは嫌なんだ……」


 ミストがため息を付き、天幕の点検作業を続ける。

 ハーピーたちは天幕の中央に置いた暖房の魔道具を囲み、羽を折りたたんでお休みモードだ。日中、休憩なしに飛び続けていたのだから仕方がない。ここはいっちょう回復魔法でもかけてやるか――魔力を練りはじめたら、気配を察知したミストににらまれた。


 いやいやいやいやいや、何もしてないっすよー。魔法使うつもりなんかないっすよー。俺はタップを踏んでごまかしながらメリスの方へと向かった。ミストのやつ、俺が魔法を使おうとするとすげえ怒るんだよな。「命を削っていることを自覚しているのか」とか言って。お前は俺のかーちゃんかっつーの!


 とはいえ、心配してくれていることはわかるので逆らわない。

 流れでメリスの体調をチェックする。魔力の溜まり具合はまだまだ余裕がありそうだ。


「メリスちゃん、何か具合が悪かったり、普段と調子が違うってことはあるかな?」

「ぜんぜんないよー! ねえねえ、お外で遊んできてもいい? あたし、雪を見たのはじめて!」

「うーん、お外は寒いからねえ。どうしようかなあ……」


 旅の途中で風邪なんてひいてしまったら大変だ。

 しかし、せっかくメリスちゃん初の雪体験である。眺めるだけで終わってしまったというのではなんとも味気がない。


 防寒、防水を完璧にすれば……お、これでいけるんじゃないか?

 体を動かすのと要領は変わらんから、魔力の無駄使いだとミストに怒られることもなかろう。


 俺は全身に力を込めると、ぼふっと膨らんでメリスちゃんの全身を包んだ。

 名付けて、ヒツジさん着ぐるみモードである。


 なお、変身に気がついたミストは、ギョッとした顔で俺を見ていた。

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