第18話 大賢者、王都を出る
俺たちは幌馬車に大量の食糧を積んで王都を出た。
御者が手綱を取り、お馬さんがぱっかぱっかと呑気に蹄を響かせている。
俺は対抗心を燃やしてカカカカカカッ! とどんぐりタップを決めた。
「こうして旅をしていると、昔を思い出すな」
「俺の感覚だと、せいぜい数週間前なんだよなあ」
「私からすれば百年ぶりだ」
「ミスト先生は、百年も生きてるの?」
「ああ、私はダークエルフだからな。寿命はあってないようなものだ」
「じゃあ、ミスト先生はおばあちゃんなの?」
「ははは、おばあちゃんか。そんな風に言われることはなかったな」
「具体的には何歳なん?」
「焼くぞ、毛玉」
どんぐりタップをしながら質問したら、ミストから罵倒された。またしても新バージョンだ。ぞくぞくした。
「ヒツジの旦那ァ! お目当てが来たようですぜ」
幌の外から御者の声が聞こえた。
冒険者ギルドで素性のしっかりしたやつを紹介してもらったが、やはりガラが悪い。百年経っても冒険者なんてのはこんなものだ。
「10匹かそこらは来てますぜ。護衛は別料金になるけどよォ、どうしてもって言うなら――」
「いらないいらない、チンピラは引っ込んでなさい」
「チンピラっ!? これでも俺は銀等級の――」
余計な真似をしようとする冒険者を馬車の影に引っ込ませ、代わりに俺たちが外に出る。
そして俺はメリスにヒツジさんアームを掴まれてぶんぶんと振られた。
「タマゴ、カエセ! ゲギャギャギャ! ……って、この前の子じゃないか」
「メリスだよっ! ハーピーさん、こんにちはー!」
「メェぇぇー!」
「げっ、ヒツジ野郎までいんのかよ」
タマゴをぶつけてきたハーピーが馬車の幌の上にばっさばっさと降りてきた。
残りの6羽は上空を旋回しながらゲギャギャギャ鳴いている。
「ろくに護衛もつけねえで、こんなとこをうろちょろしてると危ねえぞ」
「ハーピー相手に護衛などいらん。チョーダー王立大学院魔術部第二席、このミストがいるのだからな」
ミストがワンドを構えて一歩前に出る。
いいねえ、イキってるねえ。こういうことをやるキャラじゃないから新鮮だねえ。
「最初にはったりをきかせないとナメられると言ったのはお前だろうがッ!」
「ええー、でもー、俺は別に演技指導まではしてないしー、お前が考えてやったやつだしー、『王立大学院魔術部第二席、このミストがいるのだからな(キリッ)』。いいねえ、素面じゃなかなか言えないねえ、これ。今度俺も真似してみていい? 『この大賢者セージがいるのだからな(キリッ)』ってどう? ねえねえ、これミスト先輩から見てどう? いけてる?」
「……貴様から焼くぞ」
「すんませんしたッ!」
俺はメリスの手からしゅびっと抜け出して、べたっと土下座した。
その様子を見ていたハーピーが困惑している。
「ええっと……あーし、状況わかんないんだけど、そのヒツジ野郎をフクロにしようって趣旨であってる?」
「そうしたいのは山々だがな……ああ、先ほどは失礼をしたな。私たちはハーピー族に協力を頼みに来たのだ」
「あーしら、
「マッドドラゴン?」
「あーしらのチームさ! あーしが三代目
「そ、そうか」
ハーピーの名乗りにミストが戸惑っている。
あー、ミストはハーピーの文化に詳しくないのか。
これは事前のブリーフィング不足だった。
ハーピーは群れで縄張りを作る習性がある。
俺にゆで卵をぶつけてきたハーピーも、その群れの一羽だろうと思ってつなぎをつけに来たのだが、まさか総長だったとは。手間が省けて助かるぜ。
「今日はねー、お弁当いっぱい持ってきたんだよっ」
メリスが無邪気に手を振ると、ピュイなるハーピーの表情がほぐれた。
「へえ、ありがたいね。この前のジャーキーは美味かったよ」
「今日はパンもお菓子もビン詰めもあるんだよっ」
俺は冒険者に命じて積荷を馬車の外に出させる。
乾パン、ドライフルーツ、酢漬けに油漬けと保存食がたんまりだ。
なお、購入費用はミストに借りた。持つべきものは金持ちの友である。
「こいつは豪勢だね。あーしらのチームがひと月は食える量だ。……で、ミストさんとやら、あーしらに何をさせようってんだい?」
「ああ、簡単なことだ。私たちを虚無の谷まで運んでほしい」
そう言って、ミストは食糧の脇にある大きなカゴを指さした。
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