第17話 大賢者、もっと癖になってる
――虚無の谷
それは、白骨の森を越え、氷壁に覆われた山脈の先にある。
山脈には神話の時代から生きる黒竜が棲まう。
山脈の向こうには、深い深い谷がある。
伝説では、神々の争いによって大地が引き裂かれた跡なのだという。
底の見えぬ断崖の先には、瘴気に汚染された荒野が広がる。
人族はもちろん、魔物すら寄り付かない秘境である。
「なんでお前の師匠はそんなところに住んでいるんだ……」
「人間嫌いだったからなあ」
「度を越しているぞ」
「俺もそう思う」
師匠は色んな意味で頭がおかしかった。
貧民窟から俺を拾った理由もわからんし、その後の指導もおかしかった。
俺が天才でなければついていけなかっただろう。
「つまり、俺が天才でよかったってことだ」
「突然何を言い出している」
ミストがため息をついた。
「それはともかく、虚無の谷だと? すぐにキャラバンを組んで出発したとしても、何ヶ月かかるかわからんぞ」
「そうなんだよ。歩きや馬だと、行って帰ってくる間にメリスがパンクしかねない」
「それ以前に、無事に行き来できるかが問題だろうが。白骨の森を抜けるだけでも大仕事だ」
「あそこはねえ、スケルトンが無限湧きしてくるから鬱陶しいんだよね」
「鬱陶しいで済ませるな。24時間、途切れることなく襲ってくるスケルトンの群れなど軍の精鋭でもそうそう対応しきれん。というか、お前はどうやって虚無の谷から出てきたんだ? なにか特別な方法があるんじゃないか?」
「いや、根性で……」
「根性?」
「気合いと言い換えてもいい」
「同じことだろうがっ!」
またしてもヒツジヘッドをごつんされた。
えへへ、ありがとうございます。
「師匠がさ、虚無の谷から脱出できるまでが修行だって言ってたわけよ。それでね、少年時代の俺は哀れにも絶望的な脱出ゲームに挑戦してたわけ」
「それで、脱出はできたのか? ……いや、脱出ができたから外の世界にいるのか」
「まあ、何度も死にそうになったよ。んで、ある日、青空を見上げてね。きれいな鳥さんが大空を優雅に舞っていたんだ。それでね、俺も飛べばいいじゃんって思って。飛んじゃえば山も森も関係ないし、すいーっと通過できるなあと。んで、飛べる飛べる飛べる俺は飛べる飛ぶぞー! って気合い入れたら、飛べた」
「は?」
「それで、白骨の森を越えて人間界に帰ってきたわけよ」
「はあ?」
「だから、空を飛んで、谷から出てきたの。ヒツジさんボディだとね、たぶんガス欠になって途中で落っこちる」
「そういうことじゃなくてな……。お前、とんでもないことを言っている自覚はあるか?」
「うん、とんでもないスパルタ師匠だよなあ。いたいけな子どもに与える試練じゃねえ」
「それもそうだがな、そこじゃない」
「えっ、どこなん?」
「飛行魔法はな、魔法使いの夢だぞ! 何人も、何人もの高位魔術師が挑戦し、なお実現できない夢の魔法のひとつだ! それをなんだお前は! しれっと達成してたのか!? 言えよ! っていうか、なんで私も知らなかったんだよ!? やれよ! 私たちと旅をしているときにも飛べよ! なんで飛ばなかったんだよ!?」
「えっ、だって俺しか飛べないし、お前らといるときに俺が飛ぶ意味ないじゃん。しんどいし」
「死ねっ! アホタレ大賢者!」
罵倒のパターンが増えた。
俺はちょっとキュンとした。もうダメかもしれない。
「ヒツジ先生ー! たっだいまー!」
俺とミストがわーぎゃーしていると、メリスちゃんが研究室に帰ってきた。
「メリスちゃん、おかえりー。先生の言うことは聞いてちゃんといい子にしてたかな? お友だちはできた? 楽しかったかな?」
「うん、たのしかったよ!」
「うんうん、よかったねえ」
俺はメリスちゃんに捕まってこねこねされた。
ミストが俺をジト目で見てくる。
「お前が父親みたいなムーブするの、気持ち悪いな」
気持ち悪いとか言わないでください。
「それでメリス君、どんな魔法を習ったんだい?」
「えっとねえ、《温風》!」
メリスちゃんの手のひらから温かい風がぶおーっと吹き出し、まだ湿っていたヒツジさんボディを乾かした。
「ほう、すごいな。今日だけで2つも魔法を身に着けたのか」
「うんうん、メリスちゃんは天才だねえ」
「えへへー」
メリスちゃんは照れながら頭をかいた。かわいい。そして俺はぎゅっとされた。ぐえー。
「先生たちはどんなお話をしてたの?」
メリスちゃんが無邪気に聞いてきた。
俺はミストにとっさに目配せをする。俺の余命のことなんてメリスに聞かせる話じゃない。
「あー、うん。私たちはな、空を飛ぶ方法について議論をしてたんだよ」
「そうそう、鳥さんみたいにね。みんなでふよふよふよーって飛べたらきっと楽しいだろうなあって」
「へー、ハーピーさんみたいに羽があったら飛べるのにね!」
「そうだな。魔物は固有の魔法を持つから羽があるだけでは難しいが――」
「いや、待て。いいアイデアかもしれん」
俺はミストの言葉を遮った。
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