第16話 大賢者、癖になってる
「次に検討するのは、血肉のある肉体に乗り換えられないか、だな」
「うーん、それ、気が進まないんだよねえ」
俺はカーテンレールでぶらぶらと揺れながら答える。
「試したのか? どうなったんだ」
「まず、何かの死体に乗り移っても意味がない。血肉が死んでいるから、結局このヒツジさんボディと変わりがない。だんだん劣化していく分、ヒツジさんボディより具合が悪いな」
「なるほどな。生きているものならどうなんだ?」
「そっちは試してないが、『魂の器』がぶっ壊れて乗り移った生き物が死ぬのはまず間違いない。んで、下手をすると俺も巻き込まれて共倒れになる」
「そうか、すると実験してみるわけにもいかないな……」
ずっとヒツジさんボディのまま死を待つつもりは俺にもなかったのだ。
そのへんの昆虫の死骸に憑依してみたり、しゅおんしゅおんしているメリスから魔力を補給できないかなど、俺は俺であれこれ試してみた上で手詰まりだったのである。
「魔力補給の方向は有効なアイデアが思いつかんな。この件はひとまず置いておこう。次、対症療法的ではあるが、魔力の流出を減らす手立てを考える」
「先に言っておくけど、魔封陣の中でずっと暮らすなんてのは嫌だぜ。たしかに流出は減るだろうが、体も動かせなくなるし、そんなんじゃ死んでるのと変わらない」
「お前を封じている間に、私が研究を進めればいいんじゃないか?」
「勘弁してくれ。俺がじっとしてるのが苦手なのは知ってるだろ?」
俺はカーテンレールに吊るされながら、わちゃわちゃと手足を動かした。
「それに、封印されてようが流出がゼロになるわけじゃない。時間を稼いでいる間に対策が見つけられなかったら最悪だ」
「それもそうだな……」
ミストは形の良い唇に細い指先を当てて考え込む。
「魔導線……魔導線が使えるかもしれないな」
「魔導線? なんだそりゃ?」
「説明するよりも見せた方が早い。試作品を持ってくるから少し待っててくれ」
俺が風に揺られていると、ミストが針金の束のようなものを持って戻ってきた。
それを30センチくらいで切ると、その端を持つ。
「これは、こうして使う。《発火》」
針金の反対の端から火花が散った。
「魔力を通す金属線だ。手もとで発現するはずの魔法を、こうして離れたところで発現できる」
「へえ、面白いな。ちょっと貸してくれよ」
ミストから針金を受け取り、魔力を通してみる。
お、これ魔力を通すだけでぐにょぐにょ動かせるぞ。
「むう……出来るだろうと思っていたが、実際にやられると気持ちが悪いな」
「気持ち悪いとか言うなっ! ええと、こいつをヒツジさんボディの芯にすれば、いまより魔力の消費が押さえられるってことか?」
「お前にしては察しがいい。そのとおりだ」
ミストと話しながら、魔導線をぐるぐる巻きにしてみたり、犬や猫の形にしてみたり……と、遊んでいたらポキリと折れてしまった。
「あ、すまん。折っちまった」
「かまわん。どうせ試作品だ。それに、そのまま使うには見ての通りの問題がある」
「繰り返し曲げるとすぐに折れちまうのか」
「それに線を通すことによる魔力のロスもまだまだ大きい。改良は必須だな」
「ふうん、
「バカを言え、最後にミスリルが発見されたのはもう何十年も前だ。いくら大金を積んでも耳かき一匙分も手に入れられないさ」
「えっ、そんな貴重品なの?」
「ミスリルを使った品を持っているのは王家や一握りの高位貴族くらいだろうな。私も実物は遠目にしか見たことがない」
「そっかー、そんな珍しいものなら師匠んトコからいくらかパクっておけばよかったなあ」
「ミスリルが手に入れば、大幅な改良が見込めるが――待て、いまなんて言った?」
「いや、珍しいものって知ってたら師匠んトコでもらっといたのになって」
「お前の師匠は……ミスリルを、持っているのか?」
「ああ、倉庫に積んでたよ。雑な扱いだったから高級品だなんて思わなかった」
ミストが膝を折って崩れ落ちる。なにやらショックを受けているようだ。
だいぶ乾いてきた俺はしゅたっと床に降り、どんぐりの蹄でミストの肩をぽんぽんと叩いた。
「……まったく、お前といい、お前の師匠といい、本当になんなんだ」
「まあ、俺は天才だし、師匠は変人だから仕方がないさ」
「ああ、真面目に付き合っても疲れるだけだというのは改めて理解した。それで、お前の師匠とやらにミスリルを分けてもらうことはできるのか?」
「頼めばくれると思うけど、師匠の家、場所が不便なんだよなあ」
「命がかかってるんだぞ。そんなことを面倒くさがってどうする」
「いやあ、ヒツジさんボディじゃ絶対辿り着けそうにないんだよね」
「危険な場所なのか? どこなんだ」
「虚無の谷ってとこ」
「は?」
「知らない? 黒竜山脈の向こうの、瘴気領域の手前のところ」
「知らないわけがないだろっ! 完全に魔境じゃないか!」
ヒツジさんヘッドが再びごつんとやられた。
ちょっと楽しくなってきている自分が怖い。
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