第10話 大賢者、スーパー幼女を自慢する

 俺たちはダークエルフのお姉さんに連れられるまま、学院内の一室に入った。

 室内には薬品の臭いが充満しており、壁いっぱいに用途の分からない器具と、さまざまな生物や魔物の骨格標本が並んでいる。


「私の研究室へようこそ、自称 《大賢者》さん」


 お姉さんは俺たちにソファに掛けるよう促すと、自分はローテーブルを挟んで反対に座った。

 ゆったりと組んだ長い脚が挑発的だ。あの太ももに載せてくれないだろうか。俺、ヒツジさんだし、ワンチャン許されそうじゃない? よし、ここからはヒツジになりきってみよう。俺はかわいいかわいいヒツジさん、もこもこかわいいヒツジさん――


「さて、ここからは術者である君自身から話を聞きたいな。メリス君、と言ったかね?」

「ジュツシャってなあに?」

「とぼけないでもらおう。こんな精巧に動き、流暢に話すゴーレムなど見たことがない。君が魔法で操っているんだろう?」

「先生ー、ヒツジ先生は、あたしが操ってるの?」

「メェぇぇー」

「は?」「え?」


 あ、いかん。ヒツジになりきろうとして人間としての意識が飛んでいた。

 俺はこほんと咳払いをして、どんぐりの蹄をかちかちと鳴らし、人間モードに返った。


「誤解があるようですが、私は操り人形――パペットではありませんし、自律型ゴーレムでもありません。私自身にもわからない点が多いのですが、《神》らしきものの計らいによって百年の時を超えて現世に復活し、この人形に魂を宿したのです」


 俺が話している間、お姉さんはその切れ長な瞳を細めてじっとメリスを観察している。魔法による操作を行っているか見極めるつもりなのだろう。

 しかし、そんなことはしてないんだから何も読み取れるはずはない。


「遠隔の術式か? 手の込んだことをする。こんなことまでして学院に入り込んで、いったい何が狙いだ?」

「ははは、まるで信じていただけないのですね。まあ、仕方がありません。用件をお伝えしますと、この娘、メリスには非凡な魔法の才がありまして、導き手にふさわしい師を求めて参ったのです」

「ふん、それだけ器用に人形を操れるんだ。貴様が教えればよかろうよ」

「それができない事情がありまして」

「その小娘に魔法の才があるというのも眉唾ものだ。貴様の言葉だけでは信じるに足りん」


 あー、うーん、まあ、そうなるよなあ。

 メリスちゃんは超絶かわいい美少女だが、アホの子っぽいオーラをにじみ出してしまっている。一見して魔法の才能があるように見えないのは、無念だが認めざるを得ないところだ。


 だが、メリスちゃんの才能を否定されるのは腹立たしいな。

 ちょっと驚かせてやろう。


「では、少し騒がしくなりますが――証を示してもよろしいですか?」

「何をするつもりかしらんが、好きにしろ。それで私を納得させられると思うのならな」

「きっと納得いただけるでしょう。メリス、ちょっといいかい? アレをやるよ」

「ええー、先生、昨日も出したばっかりなのに。今日もするの?」

「ああ、ごめんねメリス。まだ苦しいかもしれないけど、慣れたらむしろ気持ちよくなると思うよ」

「わかったー! でも、痛くしないでね」

「まだそんなに溜まってないからね。すぐに済むよ」


 メリスが目をつむってぎゅっと身体を固める。はいはい、緊張しない。体の力を抜いて。力んでるとかえって苦しいからね。リラ~ックス、リラ~ックス……。


「おい、貴様。いかがわしい真似をしたらその依代を焼き尽くすから覚悟しろよ?」


 俺とメリスが準備をしていたら、ダークエルフお姉さんが絶対零度の視線を送ってきた。

 え、え、なんでなんで?


 美女から突き刺さる視線にぞくぞくしながら、俺はメリスのお腹にちょこんとどんぐりの蹄を当て、そこから「えいっ」と魔力を流した。


「んんっ、ひぁあっ」


 メリスが短い嬌声を上げる。

 お姉さんが懐から抜き出した短杖ワンドをジャキッと構える。

 待て待て、俺を焼く準備をするなっ!


「んんん……あぁァァあああ!!」


 メリスの叫びとともに、研究室の中を暴風が吹き荒れる。

 無数の骨格標本が倒れて金属製の器具にぶつかり、ガチャガチャとうるさく音を立てる。

 あちこちに積まれていた書類が舞い飛び、ついでに俺もぐるぐると宙を舞う。

 わたぐるみだからね、強風には耐えられないのよね。


 メリスは全身からしゅおんしゅおんと金色のオーラを放っていた。

 伝説のスーパー幼女モードだ。


 しかし、その状態は長続きせず、ほんの数秒でもとの通常幼女に戻る。

 そしてこてんとソファに横になって寝息を立てはじめた。


「な、なんだ、いまのは? 何をした……?」


 ダークエルフお姉さんの目がすっかり丸くなっている。

 ふふふ、うちのメリスちゃんを舐めるんじゃないぜっ!

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