第11話 大賢者、バグる
暴風がおさまった。
俺は壁の燭台に引っかかっていた。
じたばたしてそこから降りて、ローテーブルの上にぴょこたんと立った。
「このように、メリスには膨大な魔力があります。ちなみに、昨晩放出したばかりにもかかわらず、先ほどの魔力量なのです。魔法の扱いをおぼえなければ、彼女自身の体を蝕みかねません」
俺は、メリスの才能――と同時に呪いでもある体質に気がついてから、数日おきにメリスの身体から魔力を放出させていた。
体内に過剰に魔力がたまると体調を崩すし、魔力を放出させるだけでも経絡を鍛える修行になる。
おかげでメリスは元気いっぱいだが……副作用として、魔力が溜まるペースも上がってしまった。
俺がついていられる間はいいが、手助けなしで過剰な魔力を放出できるようにならなければ、いずれ暴走してしまうだろう。
「なるほどな、その少女の才能については理解した。たしかに助けが必要だろう。だが、貴様は何なのだ?」
「ですから、《大賢者》セージだと言っているではないですか」
「そんなペテンが通じるか! 私はかつて、セージと共に旅をした。セージは貴様のような男ではない!」
「わ、私と旅を……ですか?」
俺は記憶をたどる。
基本メンバーはヒロト、イエロー、ミストで固定だったが、たまに違う人が加わることもあった。
どっかの騎士様だとか、ひげもじゃのドワーフとか、もふもふのコボルトとか……しかし、記憶を総ざらいしてもこんなお姉さんが仲間に加わったことはないと断言できる。
ひょっとしてこれは――
「た、大変申し上げにくいのですが、あなたのおっしゃる『セージ』とは、あなたの想像上の存在なのではないでしょうか……?」
「人を妄想狂扱いするなっ!」
怒られた。きれいなお姉さんに怒られてちょっとうれしい自分がいた。
なんだか開けてはいけない扉の前に立たされている気がする。
「《大賢者》などという二つ名で誤解しているものは多いがな、あの男は根がバカだった」
「ばっ、バカ!?」
「魔法の腕は立ったが、人間性は堕落しきっていて最低のバカだった」
「バカって繰り返さないで!?」
「そしてあのバカは、命と引き換えに邪神を封印するなんてバカなことをして、誰にも相談せず、自分を犠牲にしたんだッ! これ以上あのバカの名を騙るのであれば、必ず本体まで辿って後悔をさせてやるからな!」
お姉さんがワンドを握りしめ、涙目になって魔力を練りはじめている。こ、こわい。
「ちょちょちょ、ま、待ってくださいよ。落ち着いてください。はい、深呼吸。ひーひーふー。はい、ひーひーふーって。あのですね、あのときはそれしか手がなかったんですよ。俺ならいけるかなあ、いけちゃうだろうなあ、俺天才だしなあ……って思ってバリバリやれる気満々で臨んだんですけどね、思ったよりも邪神がやばくって、ああ、こりゃ全力でいかなきゃダメだなあ、って。それでうりゃーって気合い入れてたらですね、邪神の封印はいけるかんじだったんですけど、勢い余って生命維持に必要な魔力まで総動員しちゃったって言うか? まあ、そんなかんじで――」
「そ、そのバカみたいに早口で、思いついたことをべらべらしゃべり倒すバカみたいな口調……まさか、本物なのか?」
「いやいやいやいやまたバカって言ったー! 2回も言ったー! バカじゃないですぅー! 大賢者なんですぅー! 俺の賢さは世間様が認めてくれているものなんですぅー!」
「うーん、当時はなんというか……『大賢者(笑)』ってニュアンスで名が売れてたがな……」
「えっ、そうだったの?」
「気づいてなかったのか?」
「初耳」
「あー、そうか。それは……すまなかった」
お姉さんは気まずそうにワンドをしまった。
俺は心の目から涙を流した。
「って、なんでそんな俺の事情に詳しいんだよ! ねえねえ、お姉さんだあれ!? お姉さんみたいな美人と旅してたら、俺の魂のマイ・アカシックレコードにがっちり刻まれて忘れるはずがないんだけど!? ねえ、誰なの? 誰なのお!?」
「そ、そうか。私は美人に見えるか……」
お姉さんは頬をぽっと赤く染めた。
俺は胸がキュンっとした。
お姉さんはううんと色っぽく咳払いをすると、喉を押さえ、低い声で告げた。
「これでわかるか? ひさしぶりだな。この
めっちゃ聞き覚えのある声に、俺は動揺した。
「えっ? マジで……? お前、ミスト……? 根暗錬金術師の……?」
「ふん、どうやら本物らしいな」
「えっ、おま、あなた、おね、ミストさん、お、おな、おな、おんな……メェぇぇえええーーー!!!!」
混乱した俺は、ヒツジになった。
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