第8話 大賢者、王都に向かう

 寂しそうに手を振るおじさん、おばさんに背を向けて、俺とメリスは王都へと旅立った。

 おじさんもおばさんも涙ぐんでいた。


 俺みたいに天涯孤独で旅暮らしが長いとピンと来ない感傷だが……考えてみれば、生まれてから片時も離れず一緒に暮らしてきたのだ。

 今生の別れでなくても寂しくなるのは仕方がないことなんだろう。


 そんなこんなで旅の空で過ごすこと数日。


「先生ー! あそこに見たことない鳥が飛んでるよ!」


 寂しそうだったご両親とは対照的に、元気いっぱいなのはメリスちゃんだ。

 村から離れて遠出した経験がないので、見るもの聞くものすべてがはじめて尽くしで、俺を抱えたままキャッキャとはしゃいでいる。ぐえー。首が締まる、首が締まってるんだよメリスちゃん。


「ぐえー、あの鳥はハーピーさんだねぐえー」

「ハーピーさんってなあに?」

「人間の女の人の、腕と足が鳥さんみたいになってる魔物だねえ」

「へー。あっ、ハーピーさんこっちに飛んできてるよ!」


 メリスちゃんは俺の足をむんずと掴み、ハーピーさんに向けてぶんぶん振る。

 うーん、目が回る。ちょ、ちょっとメリスちゃん、落ち着こうか。


 メリスちゃんは俺の頼みを聞き入れてくれた。

 振り回すのをやめて肩車のポジションに変更してくれた。


 あー、ほんとにこっちに来てるなあ。

 ハーピーは面倒なんだよなあ。

 近づいてくる前に無力化しちゃおうか。

 でもなあ、魔力もったいないしなあ。

 それに人型で一応人語も通じるタイプの魔物を問答無用で攻撃するのは、メリスの情操教育にもよくない気がする。


 あっ、悩んでる間に目の前まで来ちゃった。

 ボサボサの赤茶けた髪に血走った目。腹の下辺りから羽毛が生えていて、そのまま鳥足がつながっている。

 そいつが、ばさばさとホバリングしながら叫んだ。


「ゲギャギャギャギャ! タマゴ、カエセ! タマゴ、カエセ!」

「タマゴ? あたし、取ってないよ」

「タマゴ、カエセ! タマゴ、カエセ!」

「メリス、これはハーピーの挨拶みたいなものなんだよ。とりあえず出会い頭にタマゴを返せって因縁をつける習性なんだ」


 ハーピーの頬がむっと膨れた。


「ちょっとー、人を場末のチンピラみたいに言わないでよ」

「ほら、普通にしゃべれるだろう」

「ホントだあ。ハーピーさんすごいね!」

「しゃ、しゃべれるぐらい当たり前だよ!」


 ハーピーの頬がぽっと赤くなった。

 メリスは超絶かわいい美少女だ。思わずキュンとしてしまうのは仕方がないことである。


「それでね、メリス。ハーピーはよく旅人を襲うんだ」

「どうしてそんなことするの?」

「たぶんチンピラだからだろう。人を襲わずにはいられないのさ」

「違うよっ! 山で食べ物が足りないときに仕方なくやるのさ!」

「ハーピーさん、おなか空いてるの? それならあたしのお弁当分けたげるね!」

「こらこら、野生の魔物に人間の食べ物を与えてはいけないよ。味をおぼえるとね、また人を襲いやすくなるんだ」

「あーしを野生の熊みたいに言わないでくれる!?」


 メリスがどうしてもと言うので、俺はエサを与えることを許可した。

 メリスがワイバーン肉で作ったジャーキーをぽーんと放り投げると、ハーピーは空中で器用にキャッチして食べる。


 ちょっと楽しそうだなそれ。ねえねえ、メリス。先生もやってみていい? うん、ありがとう。ほうら、今度はゆで卵だよー! 上手に取れるかなー? おっ、上手上手。そしてキャッチしたタマゴをつかんだままー、こちらに飛んできてー、ぐわっ!? 顔面にぶつけやがった!? わかるかい、メリス、これが魔物の本性だよ。人間と魔物とはしょせんわかり合えないものなんだ……。


「お前はなんかムカつくんだよヒツジ野郎! ……ええと、お嬢ちゃんの方はメリスって言ったかい? こんなあーしに優しくしてくれるなんて……よっぽどのバカなんだね。ありがとよ、恩は忘れないよ」


 ハーピーはなんかツンデレめいた台詞を残して飛び去っていった。

 俺に対しては最後までツンツンだった。


 メリスは元気いっぱいに俺をぶんぶん振って、山の向こうへ消えていくハーピーの姿を見送っていた。

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