第5話 大賢者、魔法の講義をする
ワイバーン退治からしばらくが経った。
よく晴れた日の草原で、俺は切り株に立ってメリスちゃんに魔法の講義をしている。
「えー、魔法を生み出す源である魔力には
「ソウゴサヨウってなあに?」
「ええと、お互いに関係し合うってことだね」
「ケイラクってなあに?」
「うん、それはこれから説明するね。血管みたいに全身に通っている魔力の通り道で、仮説上の存在なんだけれどもこれがあると考えた方が理論上は――」
「カセツってなあに?」
「ええと、仮に正しいと決めた理論のこと、かな」
「リロンってなあに?」
「理論っていうのはね……理論っていうのはね……えっ、待って? 理論って何? 何かの現象を筋道立てて説明できるように組み立てられた理論のこと……いや違う。理論被ってるじゃん。循環論法じゃん。理論とは理論ですって言ってるようなものじゃん。理論、理論とは何なんだ……」
俺が思考の迷路にハマっていると、おばさんの声が聞こえてくる。
「メリスー! おやつ出来たわよー」
「わーい!」
おばさんに呼ばれ、家に向かって走っていくメリスちゃんの後ろ姿を俺は呆然と眺めていた。
ワイバーンの討伐を見たメリスちゃんが自分も魔法ができるようになりたいと言い出したので、俺が教えてあげることにしたのだが……あの、子どもに物を教えるの、難しすぎませんかね?
自分が魔法を教わったときのことを思い出そうとするが、「魔力を感じろ」「魂をさらけ出せ」「意思を世界に押し付けるんだ」みたいな精神論しか言われなかったからなあ。
よくあんな師匠のもとで大賢者になれたよ、俺。俺、すごい。俺、天才。そうか、天才だから人に教えるのがちょっと苦手なんだな。凡人の気持ちがちょっとわからないところがあるからな……。はは、うんうん、逆にさすがだ俺。
ひとしきり自分をなぐさめてから、今後の指導方針について考える。
メリスちゃんはなんというかアホの子……じゃなかった、生徒をそんな風に言うのはよくない。うん、そうだ、彼女はとても純真無垢で素直だ。天真爛漫なのだ。小難しい理屈を先に教えるよりも、実践を優先した方がよいのかもしれない。
奇しくもあの脳筋師匠と同じやり方になってしまうのが腹立たしいところだが……俺は自分のつまらないプライドなんかよりも弟子の将来を優先する男だ。
明日からはやり方を変えてみよう。
* * *
「さあ、メリス。目をつぶって力を抜いてごらん。大丈夫、痛いことなんてないから。ほら、先生にすべてを委ねて……」
「はあい。でもヒツジ先生、なんだかぽわぽわしてくすぐったい」
「ほら、動いたらダメだよ。もっと深くいくから、力を抜いて……」
「はあい……ひっんっ! ひぅぅ……あぁぁああっ」
何も怪しげなことをしているわけではない。
魔力操作を体感してもらうべく、メリスの経絡をこねこねといじくっているところなのだ。
前世の俺の姿であったなら、大の男が頬を赤らめる幼女のお腹に手を当てて何かしらをしているのは非常に具合の悪い光景なのであるが、幸いにしていまの俺はかわいいヒツジさんのわたぐるみである。事案になどなりようがない。
って、俺は何に向かって言い訳をしているんだ。
再び魔力操作に集中する。
メリスの体内の経絡を丁寧にたどりながら魔力を通して「ひうっ」いくのだが「ああンっ」どうも妙に通りが悪いとこ「はぅぅ」ろがあるな「ふっふぅぅっああ」って、めっちゃ気が散るわ! ガキンチョのくせに変な声出すんじゃねえよっ!!
完全に集中を乱した俺はメリスの中にドバーっといっぱい出してしまった。
何をって、魔力だよ。魔力以外の何があるんだよ。
いつもの草原で新式授業を試していたら、リアル羊さんが集まってきて「メェェ~」と鳴いたので、俺も「メェェ~」と返しておいた。馬鹿野郎、これは見せもんじゃねえんだよ。興味半分で近づいてくるんじゃねえッ! よーし、今度は腹に力を入れるぞ。全力全開で吠えてやる。
「メェェェェェェッッ!!」
威嚇したらべっちゃべっちゃに舐められた。
全身が臭い。後で洗濯してもらおう。
って、そんなことは問題じゃない。
さっきしくじって魔力を流しすぎたメリスのことが心配だ。
経絡の詰まりを押し流すイメージだったんだが、なんかもう集中が乱れていたのでちゃんとコントロールできていたか自信が……ない……なかった。なかったんだけどなあ。すごいなあ、これ。人体ってこんなことにもなるんだなあ。
羊を追っ払ったあとに見たメリスの姿は、全身からしゅおんしゅおんと金色のオーラを放つなんかすごい幼女になっていた。
メリスが天に向けてびしっと拳を突き出すと、雲がバカッと割れて周辺に何本もの竜巻が立ち上がった。
んで、ころっと倒れてすやすや寝た。
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