第8話 4.天井の模様

 はじめは仕事に慣れるのに精一杯だった新入職員も、三ヶ月もすればベテラン職員と同じように業務効率を優先し先へ先へと仕事をすすめ入所老人の細かな要求は封殺するような態度へと変わっていく。


 この職場の全体的な流れはそうなっているが、中には、僕の介助や声掛けを部分的にでも真似をする若手の職員も出てきた。

 さらにその職員を真似る別の職員が現れ…、と続くようになってきて、職場全体の空気に少しずつ影響を及ぼすようになってきた。

 何気なくやっている声掛けが結果的に職場全体に影響を及ぼしていくのは嬉しい誤算だった。


 ただ、僕自身もこの仕事での経験が長くなるに従って、業務を時間通りに終わらせないとどうしようもない現実にも直面し、また部分的にはゆっくりとした僕の介助を真似る職員達もやはり一番は業務を終わらせることが大事で、時間的な余裕ができた時だけ入所者に関わろうと会話しようとはするが、聞いていると、ほとんどは相手の話はちょっと聴くだけで、自分の家庭の話などをしているのが目立つ。相手が喋り出すのを待てずに自分が喋ってしまうのだろう。 


 徐々に職員が辞めても入って来なくなり、毎日の業務に余裕がなくなって、気が付けば、僕も仕事を終わらせる為、以前よりも時間を気にしながら、急ぎ気味に進めていることが多くなり、そうなると老人の自発的な動きを疎ましく感じるようになってくる。


 入浴介助の時に身体の手の届く部分だけは自分で洗ってもらうことはあるが、結局洗い切れずもう一度洗い直しになることが多く、全く自力で手を動かせない人の方がこちらのペースでできる。


 おむつ交換も同じで、気をきかせて腰を上げようとする人がいるが、これをされると相手の体重によって固定していたおむつがずれてしまうのでかえって手間が掛かり、時間に追われている時や便が出ていて何とか片付けようとしている時に自発的な動きをされると怒りさえ感じた。


 そうしておむつがズレたり便が広がったりした時に女性職員などはよく、動かんといて、などと老人を叱りつけるが、言葉で老人の動きを止めたくないという思いのある僕は、また、実際言葉で言っても伝わらないので、無言で圧力を掛けたりするが、一歩間違えると暴力となり虐待になる、とヒヤリとする。

 

 まだあからさまに抵抗された方が、かいくぐったりしながらやりようがあるが、協力しているつもりで、自分は役に立っている、あなたの仕事を分かっている、と言わんばかりに腰を上げたりの不要な動きをして結果的に邪魔をされることに対しては、 子供の頃よくいた、何かしようとすると色々と口や手を出してきて偉そうにしたがる大人達の態度を思い出し、力で対抗したくなる。


 ある夜、いつもおむつ交換の時腰を上げたがる橋田さんという女性を押さえつけて、痛い、と声を上げられてから、これでは暴力と変わらない、と、はっとなり、話し掛けて注意をおむつ交換以外のことへ注意を逸らせるよう持って行くのに努めることにした。


 ベッドサイドの常夜灯の明かりだけだが白い天井は見えるので、ここの天井は白いですねえ、昔の日本家屋の天井は木目が色んな模様に見えて…と語り始めると、このところ認知力低下傾向で受け答えがちぐはぐになってきている橋田さんもその話はよく理解できるようで、さっきまでの身体の動きを止めて話に応じ、木目が動物の姿に見えたり蛇に見えたり不思議やった、怖かった、見下ろされてるようやった、と宙を見つめながら戦慄を噛みしめるように応じた。


 今までこんな話を誰かにしたことはなかったが、橋田さんが僕と同じように感じていて、しっかりと恐怖感を記憶していることに驚いた。



 


 

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