第6話 3-1.生活していけない

 子供が生まれてからは、以前にも増して、給料日に明細を見て、たったこれだけか、と思い、将来が不安になり、この仕事を続けていても良いのか、と自問自答することが増えている。

 しかし他に特技もなく、ようやく得た仕事を辞めて転職してもっと収入が下がってしまう可能性も十分あり、悩みながら日々を過ごしている。


 介護の仕事で人の世話には慣れ、子供と接する時にも生かされて、やり方は全く違うがおむつ交換やお風呂を入れたりするのは難なくこなせて、妻よりも僕の方がたくさんやっている。

 こういうことに自信が出たのは、昔の何事にも自信のなかった自分を思い出すと、良かったと思う。


 ただ収入が少ないのが悩みで、給料日になると妻からも、何でこんなに少ないの、と詰め寄られる。

 そんなことを言われても、介護の仕事をすすめたのはあなたではないのか。と、こちらもキレそうになる。

 子供の前でケンカはしたくないという思いがさらなる逆上をとどめるが、鬱屈した感情の行き場がなくなる。


 そこで、まだ一歳ではあるが、子供に絵本を読んでやり過ごすことにする。胡坐をかいた僕の脚の上に座った子供は、目を見開いて絵本の絵を見て、読む僕の声を聴く。

 絵本の中の世界は自由自在で、お金は一番大切な物ではないということに気付かせてくれる。

 困難なことがあっても、必ず解決できる。世の中の色々なことも、そうであれば良い、と思う。転職は思いとどまる。その繰り返しの毎日だ。


 職場の空気を変えられず残念です、給料も安く、生活していけないので辞めます。

 次の勤務表が有休消化になっているのを見て大山さんに聞いてみると、そう言った。

 以前から、他にアルバイトもしているらしい、と言う事を聞いてはいた。

 独身の彼が「 生活していけない」との言葉を使うのはショックだ。そうかと思うと、三人の子持ちで何とかやっている男性職員も居る。

 

 大山さんは職場の空気を変えようと思っていたのか。それならば、女性職員達やみんなともっと話すべきではなかったのか。

 そんなことは知らず、ただ超然としていたように見えたので、今さら、何もできない。


 ちょっと前なら大山さんが出勤している日とそうでない日で微妙に仕事のやり方を変えていたが、今では、その日のメンバーに関わらず、ある程度自分のやり方を通している。

 あの人は、ちょっと待ってあげると自分でできますよねえ、などと介助しながら近くに居る女性職員に、嫌味にならないように気を付けながら、さり気なく言ったりもする。

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