第4話 2-1.こだわりに付き合う
高石さんは介助なしでは生活できなくなっているが、袖の通し方ひとつにもこだわりがあり、自主的な動作を待ちながらやっていると介助に時間を要してしまう。
パジャマの上からカーディガンを羽織るだけのことだが、朝食前の起床介助は二十人ほどの入所者を次から次へと起こしてホールの所定の席へ送らなければならず、少しの遅れが全体の遅れにつながってしまう。
仕事に慣れるに従って僕も気持ちが急いている自分に気付く。
高石さんの袖を通すことへのこだわりに対して女性職員の多くは一喝するなどして取り合わず、介助者がやりやすいやり方を押し付ける形で更衣をする。
その方が早く他の人の介助へも手が回り、効率が良くなる。
そんな風に強引に自分のペースへ持ち込むことに対して躊躇を感じる僕は特に高石さんの時はいろんなこだわりに付き合うことにしている、というか、付き合ってしまう。
高石さんは僕にとって父親を思い出させた。
ひとつひとつの物の言い方が父親に似ていることも高石さんとの関わりに時間を取ってしまう要因となった。
父親に常に怒られ怒鳴られていた子供時代のようにまごまごしながらひとつひとつ意思を確認しながら介助していた。
運動でも何でも、何かをやりかけると、そうじゃない、と行動を止められ、こうだ、と言われ、時にはやって見せられるが、どうして良いか分からない、結果、手も足も出なくなり、動きが止まり、何もできなくなる、そんな子供時代の記憶がこびりついている。
視界が涙で遮られ目の前が見えなくなっていくような忘れていた感覚が、僕が子供の時に大人だった代表的世代の少し上の世代の高石さんと関わることによって蘇ってくる。
実際は高石さんは他の職員には怒りまくっているが僕に対して怒ったことはほとんどない。
しかしふとしたはずみで怒られそうな感じはあり、それがどこか腰の引けたビクビクとした関わり方にさせる。
見下されているようにも感じる。
そう感じる入所者は他にも男女問わず何人か居た。
それは子供の頃から積もり積もった僕自身の自意識が作る幻想に過ぎないのかも知れない。
行動とともに人格も否定されている感覚がある。
とは言え、この施設の中に居るその世代の人達は肉体的には機能が衰え何もできなくなっていて、動作的に何もできなくなったこの人達はかつて社会の中心で活躍していた日々の面影は残すことなく消し去っていて、女性職員達からも見下されている。
だからこそ、少しだけでもこだわりに付き合いたい気持ちが出てくる。
女性職員の多い日に老人達にゆっくりと関わっていると、回りのせかせかした時の流れから浮いていることを暗に批判されている空気を感じる。
これは子供の頃から終始感じ続けていた圧迫感で、今までやってきた仕事においても常にスピードと効率を要求されてきた。
しかしこの介護の仕事の場合、スピードと効率ばかりが重要ではないはずで、時に回りの流れに巻き込まれそうになるが、わざと開き直ってゆっくりと、ある程度覚悟しながらできるようになってきつつある。
ゆっくりと関わった方が結果的には業務の効率の面においてもスムーズに進む場合もある。そうした経験を積めば、自信も出てくる。
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