第3話 1-3.老人を怒らせて
仕事に慣れてくるに従って、僕の仕事の進め方も予測のつかない老人のペースに合わせる大山さんの進め方に近いものとなって行った。
大多数の職員は仕事を時間から時間までと考えていて、入所老人を施設の時間の流れに合わせようとする。
何時までにおむつ交換を終わらせ、トイレ誘導を終わらせ、何時までに食事の準備を終わらせ、ということが常に頭にあって、その通りに行かないと、焦りや苛立ちを露わにする職員が多い。
時間通りに仕事が進まない原因が入所老人の予想外の言動にある場合は老人に対して厳しく当たるが、原因が大山さんのような職員の老人と遊びながらの無駄とも言える動きにある場合もあって、その時は業務を早く終わらせたい職員同士でひそひそと愚痴を言い合い、休憩時間などにさらなる声高な愚痴大会となる。
ただ、老人達から心を開いてもらっているのは仕事を早く終わらせようとする人達ではなく大山さんのような職員であることは、老人達の表情で分かる。
老人達は時間というものを超越したところで生きていて、老人を本当に理解しようとして老人と波長を合わせようとすると、家庭を持つ主婦よりも時間に縛られない男性、大山さんのような若い独身男性の方が有利だということを感じる。
交代制勤務で日々の職員の顔触れが変わって行き、大山さんが出勤している日といない日では別の職場であるかのように雰囲気が違った。
いつも職員の声掛けに対して怒鳴りまくる高石さんという男性入所者から僕が怒鳴られたことがないのは、高石さんのペースに合わせているからだろうと思っていたが、大山さんが出勤しておらず回りがベテラン女性職員ばかりだった日のおやつの時間、いつもは、ただおやつを皿に乗せて置いて、さり気なく、どうぞ、と言うだけで、全く関係ない世間話を始めたりして高石さんもそれに答えてポツリポツリと話してくれたが、今日は、回りの空気が早くおやつを食べさせて早く仕事を終わらせて・・・、といった感じであることに巻き込まれてしまい、高石さんに対して、早く食べてね、とは言わないがそう言わんばかりに、いちごにフォークを刺して目の前に置きすすめたら、激怒されてしまった。
そんなことしたら食べられへんやろ!と火のついたように怒り出す高石さんにここぞとばかりに女性職員が入って来て、食べやすいように刺してくれたんやろ、などと言ってさらに高石さんの怒りに火を注ぐ。
あんたもフォーク刺すんやったらもっと細かく刻まなあかん、などと言い出し、そんなことをするとさらに怒ると思うのだが、僕が理解したのは、自分でできることをやってあげてしまうと主体性を奪われた、と感じて怒るのだ、ということだ。
考えてみれば僕もそうだ。喫茶店へ行って何かフルーツを頼んで出されて目の前でフォークを刺されたらいやだろう。
この日を境に、これからはベテラン職員の仕事のしかたや雰囲気を気にせず入所者に向き合いたい、と思い、実行することにした。
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