第9話 〈アワ〉視点(命の泉)

―〈アワ〉の視点-


 私は、奴隷さんの気配で目を覚ました。

 直ぐそばまで近づかれて、私は慌てて起きた。

 これでは、とてもじゃないけど身を守れないな。


 「おはようございます。奴隷さん」


 私は、朝の挨拶をした。

 朝の挨拶をするのは、ずいぶん久しぶりだ。

 ただの挨拶なのに、懐かしい。


 「おはよう。でも、俺はもう奴隷じゃないよ。生悟っていう名前が、ちゃんとあるんだ」


 「〈ナルゴ〉」


 奴隷なのに、3文字の名前。

 奴隷さんは、お金持ちの家の子だったのかしら。

 偽名に、3文字の名前を使うのも変だ。

 なんなんだろう。


 「そうだよ。君にも名前はあるのかい」


 当たり前でしょう。

 名前くらいはあるわ。


 「ありますよ。私の名前は、〈アワ〉と言います」


 「〈アワ〉か。良い名前だね」


 良い名前? 

 褒めているつもり。

 心がこもって無いのが、バレバレよ。


 でも、もう私は子供じゃない。

 大人の対応が出来る。


 「ありがとう」


 「もう残り少ないけど、朝食だよ」


 荷物が無いから、分かっていたけど。

 食物の残りは少ないのね。


 無くなったら、どうするの。

 まさか、私を食べるつもり。


 考えてもしょうがないか。

 今は、この食事を栄養に変えることを優先しよう。

 良く噛んで、食べよう。


 「今日はこの部屋を探索しよう。ガラス板みたいのを見つけてくれ」


 分かっているわ。それが無ければ、私たちはお終いになる。

 あっても、お終いかもだけど。


 私は、同意の印にうなずいた。

 私は右側の壁を探し始めたけど、身体がだるくて、息苦しくて、ほとんど動けない。

 直ぐに、座り込んでしまった。

 気持ちも悪くて、吐きそうだ。

 もう、泣きたくなる。


 「〈アワ〉、開いたぞ。こっちに来てみろよ」


 〈ナルゴ〉が見つけたようだ。

 良かったけど、あそこまで行くだけでも辛い。

 身体が、いうことをきいてくれない。


 やっとの思いでたどり着くと、〈ナルゴ〉と代わって、壁の外を覗いてみた。


 壁の外は、岩ばかりだ。

 大きな岩が、ゴロゴロしている。

 枯れた木の残骸が、少しあるだけだ。


 塔の外か内かも分からない。

 ぼんやりと明るいのは、なぜなのかしら。


 壁の外は、明るい望みがある感じじゃ無い。

 水も食べ物も、ありそうには見えない。


 「〈アワ〉、ここに手を置いたまま、待っててくれ。外を見て来る」


 私は、うなずいた。

 他に、どうしようも無い。


 待っていた時間が、短かったのか、長かったのか、もう分からなくなってしまった。

 身体が苦しい時は、時間のたち方が変わってしまう。


 〈ナルゴ〉が興奮して帰ってきた。

 声を出して、笑っている。

 何か、良いことがあったの。


 「〈アワ〉、見つけたぞ。すごいんだぞ。

 冷たくて、無色、無臭で、スッキリと澄んでいるんだぞ」


 〈ダイチ〉が興奮して笑いながら話すので、何を言っているのか分からない。


 「あのう、何ですか」


 「水だよ。命の水だよ」


 「あっ、水、ありました」


 えぇー、水を見つけたの。

 それは、興奮するわ。

 でも、この目で見るまでは信じられない。


 〈ダイチ〉が、狂っている可能性もまだある。


 「ははは、そうだよ。〈アワ〉も喜べよ」


 私は、〈ナルゴ〉が見つけた水を見ようと、歩き始めるが、足がもう動かない。

 情けないけど、よぼよぼのおばあさんのようにしか、進めない。


 見かねた〈ナルゴ〉が、おぶってくれた。

 でも、私は伝染病にかかっている。


 「私に、触ると病気が」


 「縄でしばる時にもう触ったからな、もう遅い気もするから良い」


 もう遅いか。

 そうかも知れないな。

 同じ部屋で、過ごした時間も長い。


 〈ナルゴ〉は、どう思っているのだろう。

 根拠も無く、自分はうつらないと思っているのだろう。


 考えてもしょうがないな。

 他人のことを、気にしている立場じゃ無い。

 私をさらった、〈ナルゴ〉が悪いんだ。


 意味の無いことを考えているうちに、着いたようだ。

 本当に水があった。

 嘘や見間違いじゃ無かった。


 「あぁぁ」


 私は、悲鳴のような声をあげて、泣き出してしまった。


 美しかったんだ。

 嬉しかったんだ。

 感動したんだ。


 私は口を直接、水につけて、水をお腹一杯飲んだ。

 ただ、美味しかった。

 癒(いや)される気がした。

 命が、洗われる気がした。


 「喉は、本当にゴクゴクと動くんだな」


 〈ナルゴ〉が、どうでもいいことを言う。

 それより、この水だ。


 「水です。本当に命の水です。こんなに美味しい水を飲んだのは初めてです」


 私は今味わっている、この感動を誰かに伝えたかった。

 感動で、涙が止まらなかった。


 「そうだろう。命の水だろう。そうだ、ここは、《命の泉》と名付けよう」


 「はい。賛成です。良い名前ですね」


 〈ナルゴ〉が、今度は良いことを言う。

 確かに、ここは《命の泉》だ。


 「相応(ふさわ)しい名前だろう」


 「はい。それとお願いがあるのです」


 「なに」


 「身体を水で拭きたいので、一度部屋に連れて帰ってもらえませんか。

 あの丸い物を、取ってきたいのです」


 私は、この身体に《命の泉》の水をかけたいと思った。

 そうしなければ、いけないと強く感じた。


 「ふーん、身体を拭くの。丸い物をどうするの」


 「あれで、水をくむのです。この泉に私が直接入ると、泉が病気で汚れます」


 「そうか。分かったよ」


 〈ナルゴ〉が、また負ぶってくれた。

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