第6話 〈ナルゴ〉の視点(部屋の外)

 ―生悟の視点-


 目を覚ました。

 鎖に繋がれて無いので、久ぶりに良く眠れた。

 自由に寝返りが出来るのは、こんなに快適なんだな。

 この部屋の床は固いが、固い床で眠るのは、もう慣れている。

 何年も奴隷だったからな。


 今が朝なのが、何となく分かる。

 奴隷の習性で、早朝に起きることが習慣になっている。

 習慣と言うより、本能だ。

 起きないと鞭で打たれて、命に係わる。


 少女はまだ寝ている。

 ひょっとしたら、死んでいるのかも知れない。

 相当、病状が進んでいたように見えた。


 確かめて見るか。


 少女のそばに行くと、少女がビクッとして起きた。

 まだ、生きていたか。


 「おはようございます。奴隷さん」


 少女は小さく掠れた声で、つぶやくように言った。

 ちゃんと挨拶が出来るのは、良いことだが、「奴隷さん」は無いよな。


 「おはよう。でも、俺はもう奴隷じゃないよ。

 生悟(なるご)っていう名前が、ちゃんとあるんだ」


 「〈ナルゴ〉」


 「そうだよ。君にも名前はあるのかい」


 「ありますよ。私の名前は、〈アワ〉と言います」


 「〈アワ〉か。良い名前だね」


 良い名前かどうかは知らないが、褒めておいた方が良いんだろう。


 「ありがとう」


 「もう残り少ないけど、朝食だよ」


 俺は、〈アワ〉にパンと肉を少し千切って、渡した。

 少しずつにしても、もう2食分あるか。無いかだ。

 何とか、水だけでも確保しないと、直ぐに死ぬな。


 〈アワ〉は、少しのパンと肉を一生懸命に噛んでいる。

 きっと歯も、もうダメなんだろう。


 「今日はこの部屋を探索しよう。ガラス板みたいのを見つけてくれ」


 〈アワ〉は、コクンとうなずいた。


 俺と〈アワ〉は左右に分かれて、部屋の壁を丁寧ていねいに探した。

 でも、〈アワ〉は、もうあんまり動けないみたいだ。

 直ぐに座り込んでしまっている。


 入ってきた壁と反対側の壁に、ガラス板みたいのを見つけた。

 あるとしたら反対の壁だろうから、最初に探せば良かった気もする。

 まあ、あったんだから、問題ないさ。


 ガラス板に手をかざすと、壁が四角くに開いた。

 やったぞ。開いたぞ。


 「〈アワ〉、開いたぞ。こっちに来てみろよ」


 〈アワ〉がだるそうにやってきて、壁の外を覗のぞき込んでいる。

 壁の外は、岩だ。

 地面が岩というか、岩肌だ。

 ゴツゴツしていて固そうだ。


 大きな岩もあちこちに点在している。

 枯れた木が、少し落ちているだけだ。


 天井も岩に見えるが、薄ぼんやりと明るい。

 光源はどこなんだろう。


 「〈アワ〉、ここに手を置いたまま、待っててくれ。外を見て来る」


 〈アワ〉は、コクンとうなずいた。


 外に出るのは、やっぱり怖いけど、外へ出て行かない訳にはいかない。

 頼りのスコップを、固く握りしめて外に出た。


 少しかっこつけて言うと、座して死ぬだけだ。

 何か違う。これじゃ、死んでしまうぞ。


 地面は、見たとおりで固い。岩だな。

 壁も岩だ。

 天井は3mあるくらいで、やはり岩のようだ。


 〔塔鉱山〕で無いのはハッキリ分かる。

 間違いようが無い。死ぬほど、掘っていたからな。


 大きな岩をさけて、少し歩くと「ピチョン、ピチョン」と水滴の音が聞こえた。

 おぉ、水だ。ラッキー。

 神様、ありがとうございます。


 急いで、音をたどっていくと、直径1mくらいの水溜りがあった。

 天井のひび割れから、少しずつ滲みだしているようだ。


 俺は、水溜りの水を両手ですくって、飲んだ。

 腹一杯飲んだ。

 お腹が、チャプチャプと鳴るくらい飲んだ。


 こんな美味しい水を飲んだのは、生まれて初めてだ。

 奴隷になってから、ひどい水ばかり飲まされたけど、この水は特別だ。

 少し冷たくて、無色、無臭で、スッキリとくせが無く澄んでいる。

 それでいて、天然のミネラルが沢山含まれている感じがする。

 こういう水を名水と言うんだな。


 生水を飲むのは、良くないと言うけど、そんなのは知ったことか。

 この水を美味しく感じるのも、奴隷の時がひど過ぎただけかも知れないが、美味しいんだからそれで良いんだ。

 それが正解だ。正義だ。ジャスティスだー。


 嬉しくて、とてもテンションが上がってしまった。

 この世界に来て、初めての嬉しい出来事だ。


 ここを、〈アワ〉にも、早く教えてやらなければならない。

 俺は、急いで部屋の中に帰って、〈アワ〉に伝えた。

 自然に笑いが込み上げてきて、押さえきれない。


 「〈アワ〉、見つけたぞ。すごいんだぞ。

 冷たくて、無色、無臭で、スッキリと澄んでいるんだぞ」


 「あのう、何ですか」


 「水だよ。命の水だよ」


 「あっ、水、ありました」


 「ははは、そうだよ。〈アワ〉も喜べよ」


 〈アワ〉は、「水」と聞いて、ハッとなった。

 目を見開いている。

 〈アワ〉も、喉のどが渇いているんだろう。


 ただ、俺のテンションに、ついてこられないようだ。


 慎重に亀の甲羅を壁の四角くに置いて、俺達は部屋の外に出た。

 〈アワ〉がよろよろとしか歩けないので、背負っていった。


 〈アワ〉は枯れ木のように軽くて、枯れ枝のようにガリガリに痩せていた。

 身体はひどく熱いのに、生きている人間を背負っている感じがしなかった。


 「私に触ると病気が」


 「縄でしばる時もう触ったからな、もう遅い気もするから良い」

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