第4話 少女の視点(奴隷の悪魔)

 ―少女の視点-


 私はもう動けなかった。


 〔赤星病〕にかかって。〔巫女の家〕を出てから、何日たったのかしら。

 もう、分からなくなってしまった。


 病気の進行は早くて、私は、もう何日も生きられない。

 咳も止まらないわ。


 その前に、飢えと渇きで死ぬ方が早いかも知れない。

 物乞いをしていても、憐れみを抱いてくれる人は少ない。

 病気がうつらないように、離れていく人が大半だもの。


 鉱山で働かされている奴隷の少年と、一瞬、目が合った気がした。

 可哀そうな運命だけど、人のことは言えない。

 同じくらい酷い人生だから。


 ここに1日座っていても、何も施(ほどこ)しは無かった。

 こんな場所では何も貰えないと、分かっているけど、身体が動かない。

 動かす気になれない。

 もう、三日も水だけだ。

 それも泥水だった。


 このままここで、人生が終わるのは確実だわ。

 楽しいことは何も無かったな。

 一度だけでも恋をしてみたかったな。

 身を焦がす、燃えるような恋が良いな。


 今は病気の熱で、身体が燃えるように熱いだけだわ。

 笑えるね。ハハハ。


 そのまま眠り込んでいたら、誰かに起こされた。

 こんな真夜中に、伝染病の私に何の用があるの。

 ろくなことじゃ無いのは決まっている。


 この奴隷の少年は、鎖を切って逃亡してきたのだろう。

 私をどうする気なの。


 「君、このままでは、死んでしまうよ。俺にかけてみないか」


 死ぬことは、私も分かっている。

 この人に言われるいわれは無いわ。


 俺にかける? 

 笑わせないで、逃亡奴隷に、何も未来は無いわ。


 でも、下手にコイツを刺激してはいけない。

 きっと、やけくそになっているはずだから。


 私は、干からびた唇を何とか動かして、答えた。


 「怖い。嫌です」


 掠れた声になってしまった。

 もう、満足に話せない。


 「大丈夫だよ。怖く無いよ」


 奴隷の少年は、私の答えを完全に無視して、私の口にパンを押し込んできた。

 声をあげさせないためなんだろう。


 3日ぶりのパンは、噛むととても甘い。


 そして、私は抱え上げられて、どこかへ連れていかれるようだ。


 私は、「止めて」って、声を上げたけど、くぐもって声になってなかった。


 パンを吐き出して、助けを呼ぶことが出来なかった。

 パンが甘かったのと、誰も助けてくれるはずが無いのを分かっているから。


 奴隷の少年は、私を犯すつもりだと思う。

 どうせ殺されるなら、最後に女を抱きたいのだろう。


 この少年は、誰でも良いと、私をさらったのだと思うけど。

 本当に赤黒い斑点を触ったり、舐(な)めたり出来るのだろうか。

 

 そっとしておいて欲しかった。

 静かに死なせて欲しかった。

 私は、パン一切れの値段の娼婦じゃ無い。


 私の初めては、好きな人に捧げたかった。

 こんなのは嫌だよ。

 私は最後まで、男を知らなくても構わない。

 知りたかったのは、恋だよ。


 私は、肥溜めの縁まで連れてこられた。


 病気で感覚も麻痺しかけているけど、たまらなく臭い。


 こんなところで、何をする気だろう。

 正気じゃない。

 この奴隷は狂ってしまったんだ。


 私を縄で縛ってくる。いよいよ正気じゃ無い。


 必死に抵抗するけど、弱った身体では無理だ。

 縛られてしまった。


 朝日が差してきたので焦っているようだ。

 逃亡奴隷は見つかったら殺される。


 「穴の先がトンネルになっていて、壁が開くんだ。壁の中にはきっと良いことがあるはずだ。

 このまま死ぬより何かして死のうよ」


 訳の分からないことを喋っている。

 壁がどうした。

 このバカが。


 「言うことを聞かないと、肥溜めに落とすよ。身体が腐って死ぬか。

 ウジ虫に、身体中を食い荒らされて、死ぬか。

 どっちも、嫌だろう」


 脅迫してきた。


 肥溜めに落とされて、肥に溺れて死ぬのはあんまりだ。

 そんな酷い死に方聞いたことも無い。

 私が一体何をしたって言うのよ。


 ウジ虫に全身がおかされるのは、恐怖だ。

 悪夢のような死に方だよ。


 この奴隷は悪魔かも知れない。

 私は泣いてしまった。

 こんな仕打ちをされたら、誰でも泣くと思う。


 私は恐怖に負けて、イヤイヤうなずいた。


 私は、肥溜めの中に乱暴に降ろされた。

 筋力が落ちた手で、必死に縄にすがりつく。


 肥溜めの中に、落ちることを想像して、身体がすくむのを何とか抑える。

 力を抜けば、本当に落ちてしまいそうだから。


 縄を降ろされるのが止まった。

 壁を見ると、本当に穴があった。

 あれ、狂っているんじゃ無かったの。

 本当にあるわ。


 穴に潜り込んで、縄を上に放り投げる。

 届かなかった。

 態勢が悪いからだ。


 「何やっているんだ」


 奴隷の悪魔が、いらついて怒鳴ってくる。

 五月蠅い。

 バカ野郎。


 縄を引き戻してもう一度だ。

 肥溜めの中に浸かった、縄の先が異様に臭い。

 また、涙がこぼれた。


 3回目でやっと成功した。


 私は、力を使い果たして疲労困憊(ひろうこんぱい)だ。

 身体が辛い。

 咳が出て、息も苦しい。


 スコップと食べ物が降りてきたので、体力を振り絞って、何とか受け取った。

 奴隷の悪魔を怒らせて、肥溜めに突き落とされるのは、絶対嫌だ。


 最後に奴隷の悪魔が、降りてきた。

 疲れ切った私は、無理やり引っ張られて、穴を進んだ。

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