第3話 不思議な部屋

 少女をロープにくくり付けて、穴に降ろそうとしたが、弱弱しい身体で必死に抵抗する。

 夜が明けてきたので、急がなくてはならない。

 鉱山奴隷が、人に見られたらお終いだ。

 連れ戻されて、見せしめのためリンチされた後、出来るだけ苦しむように殺される。


 「穴の先がトンネルになっていて、壁が開くんだ。

 壁の中にはきっと良いことがあるはずだ。

 このまま死ぬより何かして死のうよ」


 少女に頑張って説明しても、言うことを理解しない。

 まあ、逃亡した鉱山奴隷が、信用されはずも無いか。


 「言うことを聞かないと、肥溜めに落とすよ。身体が腐って死ぬか。

 ウジ虫に、身体中を食い荒らされて、死ぬか。どっちも、嫌だろう」


 ウジ虫に、身体中を食い荒らされるのが、効いたみたいだ。

 少女は泣きながら、弱弱しくコクンとうなづいた。


 少女を慎重に、肥溜めに空いた、穴の方へ降ろす。

 しばらくすると、何とか身体を穴に入れられてようだ。


 穴に入った少女が、俺の指示通りロープを上に放り上げる。

 が、失敗しやがった。

 ロープの先が肥溜めに落ちてしまった。


 「何やっているんだ」俺はいらだった。この能無しがとイライラする。

 誰かに見つかったらと思うと、平常心ではいられない。

 少女に当たるのを、自制できない。


 少女は、3回放り上げて、やっと成功させた。

 少女は肩で、ハアハアと荒い息をしているようだ。ケホケホと咳きもしている。


 ロープの先が、肥溜めに落ちてついた匂いが、とても臭いけど、あまり気にならない。

 それより、少し先に進んだことが、とても嬉しい。

 ジリジリとする焦燥感が少し、和らいだ。 


 次に、スコップと食べ物をロープで結び、少女に渡した。

 これは、簡単だから一発で上手くいった。良い調子だ。


 ロープを近くの柱にかけて、最後に俺も降りていく。

 思い付きで、くすねたロープだけど、本当に役に立った。長いロープで良かった。

 自分の思い付きが誇らしい。


 身体を捻って、何とか穴に入った。

 柱にかけたロープを、片方だけたぐり寄せた。

 スルスルと引っ張って、ロープを回収する。


 少女は大人しく、じっとしている。

 もう、病気が進行して、動けないのかも知れないな。

 俺は少女を、強引に引っ張って、壁の前まで来た。


 声には出さないが、少女は驚いているようだ。

 目を見開いて、スベスベの壁を何度も触っている。

 少女にも、これが何なのか、分からないのだろう。


 「このガラスみたいな所を触ってくれ。触り続けておいてくれよ」


 少女が、ガラスみたいな所を触ると、壁が四角く開いた。


 少女は「エッ」って言って驚いている。

 そりゃそうだろう。誰でも、驚くよな。


 「吃驚しただろう」


 少女は、何とも言えない顔で、コクンとうなづいた。


 俺は唾を一回呑み込んでから、壁の中へ入ろうとした。

 この先に何があるのか、分からないから、正直怖い。

 でも、行くしかない。選択肢は一つだけだ。


 少女は「アッ」って言った。心配そうに俺を見ている。


 「心配するなよ。君を置いてきぼりにはしないよ」


 少女は、またコクンとうなづいた。

 こんなとことで、一人で死ぬのは嫌なんだろう。

 臭いしな。


 壁の中は、大きめの部屋のような感じだ。

 ざっと二十畳はある。

 リビングくらいの大きさだ。

 部屋の壁も床も天井も白い。


 不思議に照明がついている。

 白くて明るい。


 部屋の中は、ガランとしていて、何も無い。

 何も無いのか。


 部屋の中を歩き回ると、ツルンとした亀の甲羅こうらみたいな物があった。

 ヘルメットにも見えるが、深さが浅すぎる。


 それから何か円筒形の大きな筒みたいのがあった。

 長さが、2mはある。


 あったのは、この二つだけだ。


 大きな筒は、持ち手も突起も無くて、どこかが開くような感じでは無い。

 それどころか、全面がツルツルでどこにも線が無い。

 この大きな筒みたいな物が何なのか、想像もつかない。


 亀の甲羅と大きな筒みたいな物の材質は、金属でもプラスチックでも無い感じだ。


 俺は試しに、亀の甲羅を縦にして、壁が開くとろころに置いてみた。


 「ガラスみたいな所から、手を離してくれ」


 少女は、恐る恐る手を離した。

 壁の四角く開いた部分は、亀の甲羅の分だけ閉まらなかった。


 少女を手招くと、少女が隙間を這い出てきた。

 小柄で痩せているから、どこもつかえなかった。

 少女は、部屋の中を不思議そうに見渡している。


 疲れた。


 少女に、酸っぱいパンを一切れと、臭い肉を千切って渡した。

 俺も、千切ったのを口にほうり込んだ。


 少女は何回も噛んでから、パンと肉を飲み込んだ。

 少し笑ったようにも見えた。


 少女は「ごちそうさま」と、しわがれた声で礼を言った。

 ケホケホと咳きこみながらだ。


 死にかけているけど、礼儀正しいんだな。


 「どういたしまして。働いてくれたからね。

 それより疲れたよ。今日はもう寝よう」


 少女は俺から離れた所へ移動して床に寝転がった。

 警戒はしているんだな。


 俺も寝転がった。

 固い床だけど、鎖で繋がれて無いだけ、まだましだ。

 良く眠れるはずだ。


 少女は、地面と、どちらがましなんだろうと、考えているうちに、俺は眠ったようだ。

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