ヤンキー聖職者 神道詩歌
その姿は、様々な要素が混じり合って混沌としていた。一番に目を引くのは、その金色の髪だろう。染めているのだろうが、彼女の容姿にかなりマッチしていると言える。鋭い目つきに、スラッとした抜群のプロポーション。モデル、と言われても納得出来るほどだ。
それだけでは無い。短いスカートに、第二ボタンまで開け放たれたスクールシャツ。男受けの塊の様なその姿に、ひしひしと感じる剣呑な雰囲気が混じった女性。仮に、僕が夜中のコンビニで睨まれたのなら、そそくさと逃げ出すに違いない。それが、僕が彼女に感じた第一印象だ。
「チッ……馬鹿と馬鹿の二人組かよ。この時期はお前らみたいなゴミカスカップルが多くて、本当に嫌なんだよ……」
「か、かっぷるじゃなかとです!!!」
「そうだぞ。僕をロリコン扱いするんじゃない」
「ちょっ!? それ、どういう意味ですかぁ!?」
八尋は僕の首を絞めながらも、その手には手加減がされていた。ただの照れ隠しだろう。僕としては微笑ましい。だが、そんな僕達の様子を見た彼女は、心底うんざりという表情をしていた。
「はぁ……もう良い。イチャイチャと見せつけやがってよ。早く帰らねぇと、あたしの神聖お清めパンチがお前の顔面にクリティカルヒットするぞ?」
「そう言われましても……私たち、遊び半分でここまで来てないので」
「あぁ? 遊びじゃねぇってんなら、こんな薄暗い場所に何の用だ? 盛るのは結構だが、場所は選べよ。ここはピンク色のお城じゃねぇんだぞ?」
中々に下品な物言いである。だが、当の本人には恥じらいの様子など無い。例えその表現に品が無くとも、言い方と態度一つでこうも印象が変わるものなのか。学生の様相をしていることから、歳はあまり離れていないだろう。にも関わらず、これほどまでの威厳を持ち合わせていることに、思わず感服してしまった。
それと同時に、僕は彼女が優しい人なのだと思った。確かに、物言いは乱雑だ。表現も丁寧とは言い難く、見た目のガラも悪い。それなのに、彼女の言葉には一つも悪意が無かった。徹頭徹尾、こんな場所に来た僕たちに対して警告を行っている。そこには、確かな思いやりがあった。
「な、なんですって!? ちょ、流石にそれは怒っ」
「八尋、そこまでだ。彼女は僕たちを心配して、わざわざこんなことを言ってくれてる。その好意を、無下にするもんじゃない」
「で、でもっ……じゃ、どうするんです? 私たちは、この先に用があるのに……」
「大丈夫。あの人はきっと、見た目ほど悪い人じゃ無い」
僕は八尋を降ろして、彼女に向き合った。ジロリと、弾丸の様な眼光に貫かれる。脳天に銃口を突きつけられているみたいに、心臓が早鐘を鳴らす。それでも、僕はその視線に眼を合わせる。トンネルの出口から、唸っているような風の音が耳をすり抜けていった。
そうやって、しばらく僕たちはまばたきもしないまま、数十秒間見つめ合っていた。いや、そんな生易しいものでは無い。威嚇である、睨み合いである。僕と彼女は一言も交わすこと無く、ただ目線だけで根比べを始めたのだ。
人間的な話し合いは不要だ。ただ必要なのは、動物的な睨み合いでの押し問答。そこに言語は存在せずとも、それは立派な語らいなのだ。額から汗が一滴流れてきて、その感覚をもどかしく思っていると、突如として全身に浴びせられていた重さが無くなっていった。
「へぇー、あんたやるじゃん。意外と頑固な感じ?」
「命がかかってるからね。そりゃあ死ぬ気でやるよ」
チラリと、何故か目の前の女性を警戒し続けているウエンを見て、僕はそう言った。すると、彼女は合点が行ったという様子で手を合わせたのだった。
「もしかして、見えてる奴か? 俗っぽく言えば、幽霊的な奴がさ」
「……何で、そう思ったの?」
「直感、だな。あたしの親が、というか家系的に見える人達ばっかなんだよ。むしろ、見えない方がおかしいって、そういう異常な家なんだ」
彼女はそう言って、薄く笑った。その笑みに、どんな意味が含まれているのか、僕には分からなかった。いや、分かって良いはずが無かったのだ。だって、僕は彼女の名前すら知らない。口が悪いけど、多分優しい人だろう、なんて押しつけがましい印象しか知らないのだ。
「その解釈で合ってるよ。僕は幽霊って呼ばれてる奴の姿が見える。まぁ、それも他人の力を借りないと見えないんだけどね」
「それでも、見えるんだろ。あたしには見えない、何かがよ」
何となく、そんな気はしていた。だって、彼女は初めからウエンのことを頭数に入れていなかった。僕と八尋しか、見えていないのだ。そうでなければ、二人組なんて言葉は出てこないだろう。
そんなことを思っていると、後ろからチョンチョンと小突かれた。後ろを振り返ると、険しい顔をしたウエンが僕の背中に隠れる様にしていた。彼女はその手を金髪の女性に向けると、ぼそりと言った。
「あいつ、ヤバいわよ」
「? 何がだよ。確かに威圧感は凄いけど、いい人っぽいぞ?」
「それがおかしいってのよ。だって、あの子はただ真尋のことを見ていただけよ? なのに、直接見られていないはずの私でさえちょっと怖かった。超常の存在に視線だけで恐怖を抱かせるなんて、そんなのあり得ないわ」
普段は傲岸不遜、怖いものなどないと言わんばかりのウエンが、怖いと言った。たった数日の付き合いでも、それが彼女から発せられる異常さは分かるつもりだ。それに、後ろにいた八尋も同じく涙目になっていた。後ろ手にハンカチを渡してやると、僕はウエンに向き直った。
「あの人の力、使えると思うか?」
「……使える、とは思うわ。でも、当然リスクはあるってことは分かってる? あの子の力は、良い意味でも悪い意味でも強すぎる。もし、彼女を依り代にした幽霊なんかが現れたら、それこそ一巻の終わりよ。あれに取り憑ける奴なんて、そもそもが規格外だろうけど」
僕が彼女の力を求めるのには理由がある。それは、これから先を考えてのことだ。僕たちが以前、秋花トンネルで遭遇した幽霊は雑魚も雑魚、ボーナスステージの様なものだったらしい。ここからは、僕がウエンから聞いた情報を僕なりにまとめた結果である。
話を戻すと、幽霊にもランクがあるのだ。あの幽霊の様に、ただ魂が集まった存在はさほど驚異では無い。では、驚異足りうる存在とは一体なんなのか。それは、依り代を得た幽霊達である。
幽霊は単体では存在出来ない。だからこそ、集まって初めて形を得る。けれども、それだけでは不十分なのだ。何故なら、集まった魂は所詮寄せ集めだからだ。何もかもが食い違い、お互いを喰らいあってしまう。
そこで登場するのが、依り代である。それは、幽霊達を統合する一種の共同体。バラバラな魂を一つの理で制御して、船頭を取る絶対的なルールである。
依り代と成り得るのは千差万別、物質や実在する人間、果ては存在しない妄想上の概念や想念までもがそうなる可能性を秘めている。
そうして依り代を得た幽霊達は、依り代そのものになってしまう。複数の魂は一つの怪異へと変貌を遂げ、その異常性を獲得するに至るのだ。
例を挙げよう。例えば、口裂け女という都市伝説を依り代にした幽霊達が居たとする。その姿は噂通りの、全身真っ赤な姿にマスク姿の女性となる。さらに、それは口裂け女のスペックと同等なのだ。
だから、時速100kmオーバーで走れるだろうし、ポマードと三回唱えたら退散するのだろう。だが、問題はそこでは無い。
もし、某有名ホラー映画の様な、見ただけで呪われる映像を依り代にしたらどうなる? 本当に見ただけで呪いが発動し、誰かにその映像を見せる以外に死を回避する方法は無くなってしまうに違いない。
さらに、依り代を得た幽霊はその力を昇華させていくらしい。だから、前述した呪いも成長し、一瞬見ただけで殺される確殺兵器と改悪される可能性があるのだ。
そんな存在と、僕たちは渡り合わなければならない。僕の体は死神の力が効かないとはいえ、絶対は無い。だったら、使える力は多い方が良いだろう。少なくとも、試す価値はあると思う。
「ひとまず、ウエンは実体化してくれ。そっちの方が都合が良い」
「……分かったわ。真尋が必要だって判断したなら、不本意だけど従ってあげる」
僕から見れば、それはいつも通りのウエンだ。ただ、目の前の女性にとっては何も無い場所からウエンが出てきた様に見えただろう。鋭い目つきが、信じられないものを見たという風に見開かれていた。
「ぁ……そ、いつは……もしかして、幽霊、なのか?」
「幽霊じゃなくて、死神! 死神のウエンよ! 出来れば、あまり近づかない方が良いわよ。貴女にとっても、私にとってもね」
「し、に……がみ。そうか、そんなのが居んのか。親父はそんなこと、一言も言ってくれなかったのにな」
金髪の女性は少しの動揺を見せたが、すぐさま持ち直した。そこには先ほど同様、見るもの全てを萎縮させる、あの視線が戻っていた。
「……どうして、そいつを見せた? さっきのコソコソ話と、何か関係あんのか?」
「僕たちが今日、ここに来たのは遊びじゃ無いんです。簡単に言ってしまえば幽霊退治、ですかね、それをしに来たんです」
「それで? 幽霊一つ満足に見えないあたしに、何を求めてんだ?」
「ウエン、この死神が言うには、貴女の力は異常なほど強いものらしいです。きっと、これからの幽霊退治にそれは役に立つ。ですから是非、その力を貸し――」
「断る」
僕が言い終わる前に、彼女はぴしゃりと拒絶の言葉を打ち放った。その顔には、複雑な表情が浮かんでいた。
「私はそういう仕事から逃げた人間だ。家の方針に逆らって、両親とも縁を切って、ようやく普通になったんだ。今更、戻るわけないだろ」
取り付く島もないとは、まさにこういうことを言うのだろう。僕がどんな言葉を吐いたとて、彼女の意思は変わらないように思えてしまう。だから、僕がするのは少しだけ背中を押すだけだ。
「……そう、ですか。貴女がそう言うなら、無理強いは出来ません。ですが、最後に二つほど聞いても良いですか?」
「……んだよ」
「名前、教えて貰えませんか? 僕は十川真尋と言います」
聞くべきだと思った。僕の申し出は断られたけれど、ここで彼女の名を聞くことは意味がある。僕は確信を持っていた。
「
「神道さっ」
「苗字は辞めろ。呼ぶなら名前にしろ」
「……す、すいません。詩歌さん、二つ目の質問なんですけど」
僕はその目を見る。真っ直ぐで、その視線は全てを見通しているようだ。でも、だからこそしっかりと直視すれば、そこには彼女、神道詩歌の本音が見えてくる。詩歌さんが断ったのは、そんな理由では無いことが。だって――
「どうして、ここに一人で来たんですか?」
「それ、は……」
詩歌さんは一人で来た。こんな夜中に、心霊スポットと噂される場所にだ。僕たちに警告してくれたように、彼女だって幽霊の危険性は分かっているはずなのに。普通になりたいと、本当に思っているのなら、そんなことはしないだろう。
「ごめんなさい、こんな言い方して。僕たちはもう、行きますね」
これ以上問い詰めることはしない。これから先は、ただの自己満足になってしまう。彼女は自分で矛盾した行動をしていることに気づいているし、そこからは僕が踏み入って良い領域では無い。それは詩歌さん自身が、自分で解決すべきことだ。
僕は後ろに隠れたままの八尋を連れ、トンネルを後にした。詩歌さんは、俯いたまま何も言うことは無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんでここに居るのか、か」
誰も居なくなったトンネルで一人、先ほどの問いかけを吐き出す。あたしは、咄嗟にその答えを出せなかった。そんなの、あたしだって分からない。分からないから、ここに来れば何か分かるかと思った。
でも、そんな訳無かった。それは自分で見つけるべきもので、誰かが教えてくれるものでは無い。あたしはどこまで行っても、中途半端なままだ。
幽霊どころか他の人間、両親でさえも本能的に恐ろしいと思う力を、産まれながらに持っていた。その代わりに、あたしには人ならざるものを見る力が一切無かった。それは世間一般じゃ普通のことなのに、あたしの家じゃそれは違う。見えないのは欠陥で、恥ずべきものだった。
出来損ない、才能の無駄遣い、誰からも愛されない怪物。随分と酷い言葉で罵られた。だから、そこから逃げた。私の居るべき世界は、ここじゃ無いんだと思ったから。
普通の生活に憧れていた。友達を作って、どうでもいい話で盛り上がって、それで馬鹿なことして……後は、好きな人が出来たりなんかするんだ。甘酸っぱくて、儚くて、皆が羨むようなものじゃない、ありふれた普通の生活。
けれど、あたしは忘れていた。あたしの力は、すべからく全てを恐怖させる。幽霊が見えようが見えなかろうが関係ない。そんなの、少し考えれば分かることだった。
友達が欲しかった。けど、皆あたしをまるで猛獣を見るかのような目で見る。
どうでもいい話で盛り上がりたかった。けど、皆あたしの前じゃ愛想笑いしかしない。
馬鹿なことをしたかった。けど、誰もあたしの行動で笑ってくれはしない。揃いも揃って、あたしを必死で見ない様にする。
……好きな人なんか、出来る訳無かった。誰も彼もがあたしを、同じ人間として見てくれない。怖い、何考えてるか分からない、関わりたくない。両親ですらそうだったのに、普通の人がそうなるのは当たり前だ。
「当たり前だ、当たり前だけどさ……なら、どうすりゃあ良かったんだよ……!」
幽霊が見えないあたしに、家の仕事は務まらない。だからといって、普通の生活をするには、あたしの力は強すぎる。それじゃあ、あたしの居場所はどこにあるんだよ。誰もあたしを理解してくれない、誰もあたしの側に居てくれない、誰も……あたしを愛してはくれない。でも、一番の原因はそこじゃない。あたしが孤立する理由は、この力のせいだけじゃないのだ。
「ははっ……そっか。なんで断ったのか、分かったよ」
どうしてここに来たのか。簡単なことだ。あたしは、居場所が欲しかった。こんなあたしを受け入れて対等で居てくれる、そんな存在が。だから、こうやって家の仕事の真似事をして、誰かに必要とされたかった。
だから、本当は嬉しかったんだ。さっきあの男、真尋とか言った奴から頼られて。あたしの力が必要だって、言ってくれて。なのに、あたしはそれを断った。あたしがずっと欲していた居場所を、自らの手で台無しにした。それは、どうして?
「怖かったからだ。いつかあいつも、後ろに居た奴と同じになるんじゃないかって」
そうだ。彼は必死であたしと眼を合わせてくれた。それは凄く嬉しかったけど、我慢して見つめているのはすぐに分かった。そうしたら次第に、彼もあたしを他の人と同じ眼で見るんじゃ無いかって、そう思ってしまった。
もし、今度また拒絶されたらなんて考えると、怖くて怖くて仕方が無い。だから、その一歩が踏み出せなかった。心にも思っていないことを、ペラペラと喋ってしまった。だから、あたしはいつまで経っても変われないんだ。
あぁ、そうだ。一番怖がっているのは、あたしだったんだ……
「でも……それでも、あいつはあたしのこと、ちゃんと見てくれたな……」
久しぶりに、人と長時間眼を合わせた。彼は、あたしから目を逸らさなかった。そんなこと、今までで初めてだった。彼は、あたしを見てくれた。あの問いかけの返事を聞かなかったのも、本当はあたしが怖がってるってことを、分かってたからなのかもしれない。
都合の良い考えをしているのは分かっている。現に、彼は我慢をしていた。単にあたしから早く離れたかっただけかもしれない。疑念はいくらでも湧いて、あたしの体を縛り付けていく。でも、それでも……
「あたしをちゃんと見てくれたあいつを……真尋を、信じてみたい」
あたしは震える体を抱きしめて、その上で確かな一歩を踏み出したのだった。
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