秋花トンネルの幽霊
関東の某市内の、田舎と言って差し支えない場所にそれはある。もはや人が通る意味を失った、荒れ果てたトンネル。それこそが、秋花トンネルである。噂によると、昔ここでは死体遺棄事件があったり、トンネルの工事中に死者が出る事故が起こっていたとか。
こういった噂ごとのお決まりというか何というか、今並べた事実を裏付ける証拠は何も無い。だから、何処までもそのことごとくは各々の主観である。おどろおどろしい雰囲気と、人の気配が全くしないと言うだけで、そこには何の曰くも無いのかもしれない。それでも、人は無責任にこう言うのだ。
あそこにはいる。あそこはヤバい場所だと。
「けど、実際何も無いんだよねぇこれが」
「あれぇー!? なんで幽霊の一匹もいないのよ!?」
時刻は丑三つ時。突発的なウエンに連れられ、僕は秋花トンネルにやってきていた。昼頃に出かけたはずなのに、もうすっかり深夜である。それもそのはず、ここは徒歩で来るような場所では無い。本来は車を使って、友達とワイワイ騒ぎながら来るような所なのだ。
「いや、ここってそんな生易しい場所じゃ無いんだけど……下手したら呪い殺されてもおかしくない、強い悪霊だっているはずなのよ」
「そんなこと言われても、僕にはまるで見えないし。それに、ここに来るのは二回目だよ? 前に一人で来た時も、なーんにも起こんなかったって」
「……真尋って、結構頭おかしいわよね」
失敬な。幽霊の存在を確認したいのなら、安直ではあるが心霊スポットに行くのが一番だろう。一人で行くと会いやすくなるという噂も加味した、合理的な判断である。まぁ、翌日眞代にキレられるわ筋肉痛が酷いわで散々だったのだが。そういう意味では、確かに呪いなのかもしれない。
「野良幽霊を取っ捕まえて、早々にノルマを達成するつもりだったのにぃ……なんでいないのよぉ」
「ていうか、幽霊って心霊スポットにしかいないのか? ほら、東京とかは人口も多いし、毎日人が死んでるって言っても過言じゃないだろ? そういう所に、幽霊はいないのか?」
今の現代であっても、人の生死は意外と身近にある。毎日100人どころか、その数は日本だけでも約4000人近くが亡くなっているのだ。ならば、人口が密集している土地にこそ幽霊は多いのではないのだろうか?
「違うのよ。普通、幽霊って言うのは大抵一人じゃ存在できないの。怨みや後悔だけで存在できるほど、人の思いは強くないってこと」
ウエンは語る。それは、僕が考えていた幽霊とは全く違うものだった。曰く、幽霊とは単一で存在することは殆どない。例外として、その土地の伝承や噂となるケースもあるらしいが、基本的には一人では存在できないらしい。
「そうなのか……幽霊になっても、一人じゃ生きられないんだな」
「当たり前でしょ? 生身の人間だってそうなのに、死んだ瞬間に全部自力で出来るなんて、おかしな話なのだから」
それもそうである。それに、死ぬ瞬間に何の心残りもなく死ねる人は多いと思えない。だとすると、この世界には見えないだけで、世界の総人口と同じくらいの幽霊が存在することになってしまう。しかし、それは幽霊が心霊スポットに居やすい理由にはならないと思うのだが……
「別に、深い理由は無いわ。ただ、人間は暗闇を本能的に怖がるように、幽霊は生きている人の多い場所を嫌がるの。だからこそ、幽霊はこういう人のいない所に集まるの。合理的じゃない?」
「けど、実際にはいないじゃないか。それはどう説明するんだ?」
「うぐっ……見えないし感じないからって、調子に乗るんじゃないわよ!」
ウエンはそう言ってプンプン怒り出すと、突然目線をピタッと止めた。まるで猫が舞っている埃を見ているように、何もない虚空を見つめている。そうして、彼女はニヤリと笑って、トンネルの奥に人差し指を向けた。
「いたわ! あれが幽霊よ!」
「は……? お前、何言ってんだ?」
「あら、見えないの? 私が見えているのだから、てっきり幽霊も見えると思ったのだけど……」
彼女の指さす方向に、何かが居るようには見えない。風の音がビュウビュウと吹くだけで、それ以外の生物の気配を感じることも無いのだ。だったら、その先に何かが居るはずも無い。それにもかかわらず、ウエンは自信満々に幽霊がいると言っている。
僕は困惑する。この死神が、人間でないことは確かなのだ。コンビニで軽食を買う時も、ここに向かう途中も、誰もウエンが見えなかった。こんなにも目立つ外見なのにだ。しかも、彼女は道すがら、僕の背中におぶさるようにしていたのだ。普通、目線が後ろに行くはずだろう。
テレビ番組の良く分からない心霊研究家が話すより、彼女の言葉は信憑性がある。だって、ウエン自体が幽霊みたいなものなのだ。僕の背中に長時間居座っている間も、その質量をほとんど感じないのだから。
「じゃあこれで……どう? 見える?」
僕が考え込んでいると、ウエンは急に僕の手を取った。さらに、指と指が絡まるようにお互いの手を合わせたのだった。俗に言う、恋人つなぎというものだ。もう、こいつに触れても何も感じない。だから、この心臓がドクンと跳ねる感覚は、ウエン由来のものでは無いはずだ。
ならば、僕は何に驚いたのだ? 突如として心拍を上げた心臓は、危険を知らせるかのごとく鼓動を速めていく。体は熱いはずなのに、根っこの部分は冷え切っている。その途中、呑気そうなウエンを見て、多少ほっとした。
「なに? 何も見えないけ――」
気を抜いたせいだろうか。ウエンに、多少の強がりを込めてそう言いかけた時だった。目の端っこに、何かが映った。僕はそのまま、本能的にそれを目で追ってしまった。そして後悔することになる。こんなもの、見なければ良かったと。
「#################!?!?!?!?」
そこには、肉塊がいた。そこには、人間の手があった。そこには、無数の口があった。そこには、手が、髪が、舌が、内臓があった。
常軌を逸脱した存在というのは、一目見ただけで違いが分かってしまうものなのだと、本能で理解した。僕の眼に突如として映り込んだその異形は、そんな風に思ってしまうほどに恐ろしかった。根源的な恐怖。子供の頃に感じたような、未知への恐怖に近いそれは、こちらを警戒するかのように唸り声をあげていた。
「な……んだ、あれは」
「何って、真尋が見たがってた幽霊よ。あんなキモいのが見たいなんて、イカれてるわ」
「は、ははっ……」
確かにそうだ。幽霊を一目見てみたいだなんて、馬鹿げている。それは、本物を見たことが無い幸せ者が吐くセリフだ。その点でいえば、僕が間違いなく幸せで、そしてその幸福をドブに捨てた愚か者だった。
「厳密に言うと、幽霊達ね。魂だけの存在になった者たちは、単一では存在できないから、ああやってぐちゃぐちゃに混ざり合って、ようやく存在できるの。そうなっちゃうと、もう人としての理性は無いわ」
そうまでして生きたいなんて、人間は愚かねとウエンは言った。僕も同感である。あんな状態、存在しているだけだ。死んでもまだ、その存在を保とうとするだなんて馬鹿げている。
「さて、そんな愚か者を救ってあげましょうか。行くわよ、真尋」
「い、行くって、あいつの所に!? おまっ、辞めとけって!」
「何よ? もしかして、ビビってるのぉ?」
ニヤニヤと笑うウエンに、キレる余裕もない。あぁそうだ、僕はあれほど見たいと言っていた幽霊に、ビビり散らかしているのだ。いくらウエンに殺されないためだとは言え、あんな存在を相手にできる訳が無い。
「ほらっ、これ持って! 早く行くわよ!」
「なにこれ……ナイフ? でも、こんなんじゃ……」
ただのナイフでは無い事は、見た目ですぐに分かった。刀身をしまう鞘の部分と柄の両方に、読めない文字が書かれた御札のようなものが巻かれているのだ。ウエンも同じようなものを持っていて、意気揚々とそれを抜き出した。
「死神の鎌とかは持ち出せなかったから、これで満足してよね。私だって、こんな低ランクの祓い道具使いたくないのよ」
「いや……そういう問題じゃ無くて」
論点がずれている。僕は、あんな化物相手にこんな刃物一本で立ち向かいたくないのだ。足も手も震えて、これ以上は踏み出したくない。それでも、ウエンはお構いなしに僕の手を引いて進んでいく。割と本気で、抵抗を続ける。
「待てって! これでどうしろって言うんだよ!」
「ブスっとよブスっと! あれブヨブヨしてて差しやすそうだし! あ、でもあれの体とか体液とか触っちゃ駄目よ? ワンチャン、取り込まれるか呪い殺されるから」
「ふざけんな! そんなん、近づいちゃ駄目だろ!」
「はぁー!? あれぶっ殺さないと、魂の回収が出来ないでしょ! この意気地なし!」
異形の数十メートル先で、僕とウエンは言い争いを始めた。相変わらず、幽霊と思わしきものは言語化できないうめき声をあげている。ただ、一定の距離を保ち続けており近づいては来ない。その様子に、僕は困惑した。
「ねぇ、あいつ全然動かないんだけど」
「あら? ああいう奴らは本能で動くから、真尋みたいな健康体は真っ先に襲われるはずなのに」
「今なんて言った? お前、そんな危険な所に連れてきたの?」
きょとんとした顔で、それがどうしたのと言わんばかりだ。今すぐこいつの顔をぶん殴ってやりたいが、今はあの異形を何とかするのが先決である。僕はもう一度、幽霊と呼ばれる存在に目を向けた。その醜悪さに、眼を背けたくなるけれど、ぐっと堪える。
幽霊が綺麗な人型とでも思っていたのか? それは勝手な、本物を見たことが無い奴らの妄想に過ぎない。それを疑いもせず、のこのことここに来たのは僕なのだ。ウエンという爆弾を処理するためにも、僕はこいつに立ち向かわなくてはならない。ゆっくりと息を吸って、深く深呼吸する。少しだけ、落ち着いてきた。
「覚悟は決まった?」
「おかげさまで、ね。聞いときたいんだけど、あいつってどれくらい強いの?」
「雑魚も雑魚よ。自我も無く、依代も無い。凶暴な点が唯一の懸念点だったけど、何故か大人しいしね」
ウエンが言っていることの半分も、僕は理解できていない。ただ分かったことは、こいつは外見だけの雑魚である、というものだけだ。
「うだうだ言ってないで、さっさと終わらすわよ!」
ウエンは音もなく、表現できない声をまき散らす幽霊に向かっていった。手に持った刃を逆手に持って、横をすり抜けながら肉塊を切り裂いていく。苦しむような声を出した幽霊は、黒色の液体をまき散らすと、大暴れを始めた。
「真尋も、さっさと来なさい! 私一人だと、面倒くさいのよ!」
「っ、一人で突っ走らないでよ……!」
ウエンは向かってくる足や手を潰しながら、僕を急かす。彼女にとって、この幽霊は本当に雑魚なのだろう。だが、僕にとっては十分脅威足りうる。いくつもある多種多様な手や足は、上下左右から襲い来るし、吹き出る体液はジュウジュウとコンクリートを溶かしている。そのどれもが、人間である僕には致命傷になり得るのだ。
「後ろからなら……!」
幸いと言うべきか、幽霊はウエンに夢中だった。その後ろを突こうと、僕は幽霊に走った。その時、幽霊はゴキゴキと不愉快な音を立てながら、僕の方に振り返ったのだ。いくつもある眼球に見つめられた僕は、すっかり委縮してしまった。
「#################?!?!?!?!?!」
体は強張って、大して走っていないのに息が上がる。しかし、ここまで来ると逃げる方がかえって危険だ。僕は歯を食いしばって、幽霊をしっかり見据えた。
意味不明なうめき声上げて、無数の手や足を差し向ける幽霊。怖くて怖くて、ガチガチと歯が鳴る。僕は、間違いなくこの化物に恐怖していた。けれど、それと同時にこうも思った。
こいつもまた、僕達を恐怖しているのだと。
「ははっ……」
しわくちゃの手が、僕を掴もうと迫る。こいつは決して、捕食者ではない。僕たちと対等の立場、いや、人数で有利が取れている分格下と言えるだろう。そう思うと、怖がっていたのが馬鹿みたいだ。躊躇いなく、僕は幽霊の手を切りつけた。
ドロドロとした液体が、そこから勢いよく吹き出る。それを浴びないように、僕は一歩前に踏み出して横をすり抜けた。その先に、ウエンがいるからだ。僕たちが絶対的に勝っている人数差、これを使わない手は無い。
「やるじゃない。その調子で、全部の手と足を再起不能にしなさい。そうしたら、私たちの勝ちよ」
「甚だ不本意だが……了解っ、サポート頼む」
幽霊は苦しみながらも、動かない手や足を体にしまい込んで、新しい手足を作り出していた。だが、効率はあまり良くないらしい。ウエンが潰した6本と、僕が切りつけた1本、それらを合わせて出来上がったのは、たったの2本だけだった。
僕達は数秒の睨みあいの後、ほぼ同時に動き出した。幽霊は駄々っ子のように手足を振り回しながら、大量の物量で押してこようとしている。震える手で、しっかりとナイフを握りながら、僕はウエンの後ろをついていく。それだけで精一杯なのだ。その分、ウエンが殺到する手足の大半を対処してくれているので、僕は比較的楽に幽霊のところまでたどり着くことが出来たのは幸いだった。
手に残る嫌な感触と共に、指が8本ある奇形な手を切り飛ばす。ウエンは紙一重でそれを避けるが、僕にはそんな芸当は真似できない。だから、不格好でも確実に回避する。幽霊の肉を背にして、黒い飛沫を逸らす。素肌で触れない限りは大丈夫なようで、靴やズボンについても汚いだけだ。
「真尋! 背中貸しなさい!」
「急に何言っ!?」
ウエンはそう言って、助走を付けながらこちらに走ってきた。後ろを振り返ろうとした瞬間に、背中へ勢いがついた力がぶつけられる。この感覚は、小学生の時にした組体操の土台になった気分だ。両足で踏ん張り、ウエンの体をしっかりと支える。
「これで終わり!」
手を伸ばせばトンネルの天井に触れられそうなほど、ウエンは飛び上がった。それを見た幽霊は、残った2本の太い手を全て彼女に向け、汚い奇声を上げつづけた。空中という場所では、回避行動すら満足に取れない。しかも、幽霊は確実にウエンを仕留めるつもりだ。前後から襲い来る手が、空を滑空するウエンに襲い掛かった。
「#################!!!!!!!」
「いい加減っ! うっさい!」
しかし、僕の不安など必要なかった。ウエンは体をねじりながら、まず後ろから接近していた手を切り刻んでいく。ブシャブシャと黒い雨が降り注ぐ中、僕は必死で猛毒のスプリンクラーから離れる。あいつ、僕の存在を忘れているのか、これに触れたら駄目だと言ったのはウエンだろうに。
「あっはは!! 雑魚幽霊如きが、私に楯突いてんじゃないわよ!」
そのまま落ち続けながら、ウエンはもう一本の幽霊の手も始末していく。ズタズタになった手を引っ込めることすら出来なくなった幽霊は、俎板の上の鯉も同然だ。とんでもない衝撃音と共に、ぶち込まれたナイフは幽霊の頂点から真下までを引き裂いた。
「ふぃー……気持ちよかったー」
「ますます僕、必要なかったじゃん……」
僕がしたことなど、ほぼこの幽霊退治に貢献できてなどいない。徹頭徹尾、最初から最後までウエンの独壇場だった。その僕の顔を見て、ウエンは快活な笑顔を見せた。死神らしからぬその顔は、疑問を挟む余地のないほどのものだった。
「そう自分を卑下しない事よ。普通の人は、いきなりナイフ渡されてこれと戦えって言われても、動けないものなんだから。真尋は、私の想定を超えて頑張ってたわ」
あんな物言いをしておいて、僕には一切期待などしていなかったと言うことか。確かに、ただの一般人が出来ることなどたかが知れている。なら、僕はわりかし良く頑張った方ではないだろうか? 精神衛生上、そう思うことにしよう。
「そっか、なら良か――」
僕達の間で、つい弛緩した空気が流れていた。僕もウエンも、敵は完全に終わりだと思い込んでしまっていた。だから、油断した。
「ウエンっ!」
「え……?」
キョトンとした顔を浮かべるウエンを、こちらに引き寄せて後ろに持っていく。この咄嗟の判断が正しいものなのか、考える余裕は無かった。ただ、痙攣するだけだった幽霊の残骸が、泥のような手を形作っていたのを見せた瞬間、僕の体は動いていた。
幽霊の手は、一番近い僕に向かってくる。僕にはウエンのような身体能力も、特別優れた反射神経も無い。そのまま、僕は泥状の黒い手を左手で受けるのだった。意外なことに、幽霊に触れても痛くは無かった。
「真尋っ!? なんで庇ったの!? 私は死神なんだから、こんな低級の呪いじゃ死んだりしないのに!」
「マジか……なら、辞めときゃ良かった」
乾いた笑い声が出た。僕のした自己犠牲は、全くの無意味だったのだ。けれども、後悔は全くなかった。僕は、例えウエンが死神だろうと普通の女の子だろうと、同じことをした。確信を持って、それだけは誇れる。
「最悪、左手を切り落とさないと……って、あれ? 呪いが、侵食してない?」
「え? そういえば、全然痛みとか無いんだけど、これって……」
神経的なものがイカれて、痛覚が仕事していないだけかとも思ったが、普通に手は動く。泥のような黒い液体が生理的な嫌悪を抱かせるだけで、特に体調に変化なども無い。ウエンが思い出したように取り出した、飲みかけの水を使って洗い流しても、そこにはいつも通りの僕の左手があるだけだった。
「えっと……なんかよく分からないけど、大丈夫……ってこと?」
「え、ええ……一体どういうことなの? 死神の力が効かないのは、単に生命力が強いからだと思ってたのに、幽霊の呪いまで効かないだなんて……」
とはいえ、腕が無事なのは喜ばしいことだ。それより、今はこの幽霊の処分についてだろう。今だビクつきながら蠢くこの物体を、どう処理したものか。ウエンにそれを伝えると、釈然としないと言った様子で、準備に取り掛かった。
「幽霊がこの状態になったら、この
人の形をデフォルメした紙切れ達を肉塊に落とすと、人形の真ん中あたりに文字が浮かんできた。達筆過ぎて読めないが、これで完了なのだろう。満足げな顔でそれを拾ったウエンは、はっとした顔をしてこちらに向き直った。本当に、コロコロと表情を変えるものだ。
「余計なお世話だったけど、一応感謝してあげるわ。ありがとね」
「一言余計なんだよ。礼くらい、素直に言えって」
「なによ! このエリート死神の私が、たかが人間如きに感謝してあげてんの! もっと喜びなさいよ!」
「はぁ~……ほら、用が済んだんならとっとと帰るよ。始発が出るまでに、駅まで行かないと」
「あ、ちょっと! 待ちなさいって!」
僕達はそのまま、すこしづつ日が昇り始める早朝の中、秋花トンネルを後にした。スマホの充電が切れているせいで、今が何時かも分からない。僕は、ぎゃんぎゃんと騒ぎ続けるウエンと会話しながら歩みを進めた。
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「……既読すら、つかない」
時刻はまだ、十川真尋がウエンと共に秋花トンネルに向かっている午後九時ごろ、とある一室でスマホを熱心に眺める少女がいた。
その行為は決して、近年問題となっているスマホ依存症によるものでは無かった。ただ、少女は変わることのない画面を見つめては、繋がることのない通話やメッセージを送り続ける。
「兄さん……寂しいよ。こんなこと、今まで一度だって無かったのに……」
少女は、明らかにサイズの合っていない衣服に身を包み、がらんとした部屋の中で息を荒げる。家には少女の両親もおらず、その様子だけ見ればまだ人肌恋しい中学生の少女にも見えた。
「兄さん……兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん」
だが、それは誤りである。少女の興味は、一人だけに注がれ続けている。家族や兄妹だから、という家族愛によるものでは無い。一人の男性として、異性としての兄に夢中になっていた。
「確かめに、行かなくっちゃ。私の兄さんを、守らなくっちゃ」
もう、スマホの画面などどうでも良かった。少女は自室の綺麗なベットではなく、使い古された布団に身を包んだ。そこには、もう殆ど消えかかっているものの、まだ兄の匂いが残っていた。
「兄さん、今すぐに会いたいよぉ……私のこと抱きしめて、慰めてよぉ……」
少し仮眠をして、朝一番で兄に会いに行く。そのための睡眠すらも、少女にとっては煩わしく、無意味で空虚なものだった。沸々と湧き上がる自らの気持ちを抑えようにも、現状存在する私物ではどうにもなりそうに無い。だから、これは仕方の無い事なのだ。少女はそう結論付けて、無理矢理体を休めた。
「兄さん、大好きですよ」
少女の脳内を占める全ては、愛しの兄の情景だけだ。日に日に増え続けるその甘美な想いを煮詰めながら、少女はゆっくりと眠りに落ちていった。
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