第6話 気にならんと見逃してやりたいが、そうはいかん。

 ここで、森川氏は彼女の親族に関わる話を持ち出してきた。

 彼女は、実の父に幼少期より十数年来、会っていないのだが、実は数日前、その父親から連絡があったことを、この場に居合わせた人たちに告げた。


 実はここだけの話、彼女の父親から連絡が先日入って、息子二人が死んでしまったことを述べたら、それはまあ案の定の反応であったが、娘の清美は本屋に勤めながら、定時制とはいえ高等学校に行っておると申し上げたら、泣いて喜びよった。

 そりゃあ、父親を頼ってという手法も、あの子においては今後ある局面においては使えんこともなかろうが、まだ、何分にも未成年者であるから、それなりの契約には法定代理人の同意がいる。そこに来て、今飛び出すような真似をしたら、自らの住処(すみか)も失ってしまいかねん。

 幸い、こちらも住込み可としておいでのようじゃから、それはええとしても、陽子さんの今着ているような服で接客なんて、とんでもない話になろうがなぁ。

 そんなこともあるから、まだ、父親と接触があったことは申しておらんのよ。

 とはいえ、これも、期を見て会わせてやらねばならん。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 陽子さんは、父であるマスターの仕事を手際よく手伝う。

 彼女の母親がその間、他の客の注文やレジを一気に引受けてくれる。

 この日曜日は昼までの営業で、すでにこの日の新規の客は入れないよう、本日閉店の看板を出されている。

 一通り落ち着いたところで、陽子さんがカレーを持ってきた。

 最後の客が、会計を済ませて店を出ていった。

「園長先生、大宮君、どうぞお召し上がりください。これも、お代は結構です」

「ありがとう。じゃあ、いただきます」

 二人がカレーを食している間、陽子さんは、レジ棚下にある履歴書を出した。

 食事が終わったのを見計らって、彼女は、その履歴書を老紳士に差し出した。

「大宮君もぜひ読んでね。気付いたことがあったら、マスターに指摘してさしあげて」

「わかった」

 老紳士と男子大学生は、17歳の少女が恐らく人生最初に書いたであろう、履歴書と銘打たれた書類に目を通している。


「経歴上の問題点というか、そういうものは、明らかにないよね」

「そりゃあ、中学出て2年間程度のことじゃから、経歴上、そうそうな問題なんぞ出ようもなかろう。まあ、あの太郎あたりはともかく、な(苦笑)。ただし・・・」

「ただし?」

「ただし、それは哲郎君御指摘の本人の経歴に関わるところに関しては、じゃ」

 森川園長の声が、いささか、厳しさを増した。

「確かに、それ以外の記述で妙に引っかかるのは、ぼくの気のせいだろうか?」

 大宮青年が、突如、老紳士に尋ねた。というよりも、それはあたかも老園長より指摘させられるべくしてさせられたような感じでさえあった。


 気にならんと言って見逃してやりたいところでは、ある。

 じゃが、そうはいかんな。 


 キッパリと申し渡した老紳士は、その問題となりそうなところを指摘した。

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