第5話 問うたわしが野暮じゃ。それはともあれ・・・
まあ、そんなところかと、思っておった。そりゃあ、問うたわしが野暮じゃ。
そう述べて少し間をおいて、森川園長は話を続ける。
それはともあれ、あの子の行っとる商業高校、君ら天下のO大生からすればヘッポコ高校かもしれんが、それでもなぁ、きちんと勉強して卒業すれば、そこで学んだ知識がいずれどこかで役に立つじゃろうし、同窓生絡みのつながりで何か助けられることもあろう。
いや、そんな「元を取ってやれ」的な了見での話より、わしが意識させたいのは、ひとつのことをきちんと終えて次に行くこと。その達成感をきちんと味わって、それを人生の糧にしてもらうことじゃ。
もちろん、君らのような頭のええ人らは、勤労学生のための大検というか、大学入学資格検定という試験を通して大学に行くような手法をとるのもありじゃ。
何もちんたら勉強しにヘッポコ学校などカヨーテ、無駄な時間を食わんでもええ。
そんなことを押し付ける権利は、わしにはありゃせん。
じゃが、彼女は君らのような性質を持った人ではない。
今あの子が商業高校で学んでおる知識は、そのままではなくとも、形を変えて、将来役立つ。いや、そんなことよりも何よりも、単に今学んでおる目先の知識じゃなしに、きちんとひとつのことをやり遂げた「証(あかし)」こそが、あの子には必要なのじゃなかろうか。
それを途中でやめて、目先の条件に乗っかってそちらにホイと行ってしまいましたというのでは、これから先の人生、いかがなものかと、わしは思えてならん。
これが何かの大事業で、今逃せば次はないという話かいうと、そんな御大層なものでもなかろう。
仮にあの娘さんが、この店でウエイトレスとやらをして、それこそ看板娘よろしく朝に昼に夜に働いて、ゼニも稼いで自分の店を持てたとしよう。
それはそれで、ひとつのことを達成できたわけであるから、立派である。
さすれば何も、文句は言えまい。
じゃが、店を出せたらそれでよしかとなれば、そうではなかろう。
維持していかねばならん。
自分一人だけならまだしも、従業員を雇うなどし始めれば、その分責任も増える。
まして、女手一つで店をやっていくのはええとしても、変な男客にでも引っかかってみぃ、人生滅茶苦茶にしかなるまいがぁ・・・。
あの子の前では言わんが、実は、わしが本屋さんで働くことを勧めたのは、本人にしっかり勉強してもらうことを大いに意識してのことじゃ。
そういう環境であるからこそ、勉強にも意識が向くであろうと、そういうことを大いに考慮して、たまたま人を募集されとった知合いの下川書房さんに頼んで、住込みで働かせてもらっとる。
まあ、本屋か喫茶店か以前の問題で、住込みで働いておるとなれば、やめたら、出にゃならん。おるなら、家賃くらいお支払いせねばなるまい。
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