第61話 陽は沈み、陽は昇る

(アーベント視点)


 の結婚式から、およそ一ヶ月が経過した。


 あの日を境に俺達は本当の意味で家族になれたのではないか?

 俺はそう考えている。


 運命などという不確かなもの、目に見えないものを俺は決して、信じていなかった。

 運命とは己の力で切り開くものであり、変えるものである。

 それが信念でもあった。

 

 だが、少し、信じてみようと思うのだ。

 彼女達アリーとパミュとの出会いは俺に大きな変化をもたらした。

 そう思えてならない。


「ただいま帰りました」


 本当にこの地に骨を埋めるのも悪くない。

 何ともナイト・ストーカーらしからぬ考えが最近、頭をぎる。

 この屋敷はになっているのだ。


 マイ・スイートホーム。

 我が愛の巣。


 何とも甘美な響きの単語が頭の中に浮かんだが、単なる気の迷いに過ぎない。

 我が家はそんなに甘いものではない。


「パパ。おかります」

「おかえりなさい、な」

「おかえまり」


 玄関を開けると満面の笑みを浮かべたパミュが、走ってくるので抱きかかえてやる。

 これも既に見慣れた光景となってきた。


 彼女の言葉遣いがたどたどしいのは相変わらずだが、これでもかなり、直ってきた方なのだ。

 むしろ、問題なのはあちらの方か。


「ただいま帰りましたよ、


 まるで俺が帰宅するのが分かっていたかのように食卓の支度をしていたと目が合った。

 彼女ほど、気が利いて心の優しい女性はいない。


 恋人としても妻としても母親としても。

 彼女ほど向いている人材はいないのではないか?

 なぜ、彼女がこれまで交際した相手がいないのか、不思議に思える。


 理由は何となく、察することは出来る。


「お、おかえりなさい。あな……シ……うぅ」


 目が合っただけで照れて、頬を赤らめるどころか、真っ赤な顔になり、誤魔化そうとして顔を俯かせるほどに照れ屋なのが災いしたに過ぎないのだろう。


 恐らく、先程も俺のことを「あなた」と呼ぼうとして、恥ずかしくて言えず、それなら呼び捨てに「シル」と言おうとした。

 ところが、それも恥ずかしくて出来なかっただけだな。


 この可愛い生き物を今すぐにでも抱き締めたいところだが……。

 それはやめておこう。


 結婚式で不意に喰らったアリーの膝蹴りは中々に強烈だった。

 きれいに鳩尾に決まっていたのだ。

 胃の中の物を全て、ぶちまけそうになった。

 ましてや意識を失うなど何たる失態か!


 だが悪いことばかりでもない。

 気を失う寸前に一瞬ではあったが、アリーの頬を流れる美しい涙を見られたことは決して、忘れない。

 必死に治癒ヒールをかけようとする彼女の必死な表情から、確かな愛を感じたのだ。


「今日はどうでしたか?」


 俺はパミュを下ろすといつものようにアリーにそう尋ねた。

 これが俺達夫婦の挨拶のようになっているからだ。


「パミュさんはスゴイんですよ」


 先程まであわあわとしていたのが誰だったのか、忘れてしまいそうだ。

 花が綻ぶような笑みを浮かべ、身振り手振りを交えて、話すアリーの姿を見ていると胸の奥にじわりと広がる温かい気持ちは何なのか。

 まだ、よく分からないがこれが平和ということかもしれない。




 アリーが食器棚から、取り出した皿をパミュに渡し、パミュは嬉しそうにそれを運んでいる。

 彼女が持つには少々、大きく重たい皿なので見ていて、冷や冷やするがそれはアリーも同じらしい。

 まるで本当の母親のようだ。


 アリーとパミュはこの一ヶ月でさらに仲が良くなったとみて、間違いないだろう。

 なぜなら、彼女はこの一ヶ月、冒険者ギルドに出勤していない。

 パミュを預ける保育所は中々、どうして手強い相手だったのだ。

 最低一ヶ月は預けることが出来ないと分かるとアリーは迷うことなく、育児休暇を申請した。


 商人ギルドは融通が利くので休暇を取らなくてもどうにかなると思っていた俺の考えが甘かったようだ。

 アリーは「パミュさんがかわいそうです」とちょっと怒っていたな。


 これも保育所の入所条件を見落としていた俺の失態と言える。

 まさか、入所するのに求められる資格があるとは……。

 このアーベント一生の不覚と言っても過言ではない。


 面接試験があると分かった時のやるせなさといったら、なかった。

 おまけに一ヶ月も待たされたのだ。

 お陰で十分な準備が出来たのは、不幸中の幸いといったところか?

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