第28話 宵の明星は解せない

(アーベント視点)


 不意打ちだったとはいえ、この俺がもろに女性の拳を貰うとは思わなかった。

 一瞬、星が見えるというのは嘘ではなかったようだ。


 こんなにたくさんの星を見たのはいつ以来だろうか?

 俺の記憶が確かならば、ナイト・ストーカーになる訓練が最後だった。

 ふた昔ほど前か。

 意識を失う前にチラッと見えたアリーさんの身体がとても、きれいだった。

 これが眼福というものか。

 くだらないことを考えながら、俺は意識を手放した。


「中々にいいパンチだった」


 鏡で確認すると見事に右の目の周りが腫れている。

 青紫色のあざは我ながら、痛々しい。

 反射的に体をのけぞらせ、ダメージを抑えてもこのざまだ。

 剣聖ソードマスターの名折れと後ろ指を指されても仕方がないだろう。


 しかし、一つ勉強になったことがある。

 女性を怒らせてはいけない。

 身をもって学習した。

 アリーさんのように華奢で可憐な女性であってもこれだけの力を発揮するのだ。

 殿を怒らせるとこの程度では済まないということだろう。


 思えば、彼女の部屋を勝手に開けて使うのはいけないと考え、俺の部屋を使ったのがまずかったのだろうか?

 そのせいでアリーさんに勘違いをさせた可能性が否定出来ないな。


 俺と彼女は偽装夫婦という関係に過ぎない。

 ミッションを円滑に進める為には良好な関係を築き、周囲だけではなく、アリーさんからも疑いの目を向けられないように動かねばならない。

 その為であれば、彼女と大人の関係に進むこともやぶさかではない……。


 やぶさかではないのだが、なぜかアリーさんとは自然にそういう関係になりたいと思っている俺がいる。

 これはナイト・ストーカーとして、あるまじきことだ。

 己の感情を殺し、心など存在しないように振る舞わねばならない。

 このようなことは許されん。


 そう頭では分かっている。

 分かって入るのだが、自室に暫く籠ってから、ようやく出てきたアリーさんの落ち込んでいる様子を見るとなぜか、胸が苦しい。


 パミュが分かっているとでも言わんばかりの視線を投げかけてくるのも解せない。

 あの悟りを得た隠者のような表情は一体、何なんだ?

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