第26話 宵の明星の苦闘

(アーベント視点)


 パミュは小さい体ながら、いい動きをしてくれる。

 テキパキとは言い難いが、精一杯に役に立とうと頑張っている姿は実に健気けなげだ。

 こういった子供達が平和に暮らせる世界を作りたい。

 俺が願うのはそんな世界なのだ。


 ぐったりしているアリーさんを横抱きに抱え、自室へと向かう。

 彼女の容体は今のところ、安定している。


 体温の高さは異常だが、呼吸も乱れていないのは恐らくは彼女の治癒ヒールが効いている証拠だろう。

 恐るべき癒し魔法の適性の高さと言うべきかもしれない。


「パパ。へやいく?」

「ああ。パミュ、お湯を用意出来るか?」

「でくる。パミュ、かすこい」


 何なんだ、その顔は……。

 どこを見つめている?

 未来か? 明日か? この子は本当に読めない子だ。




 俺の部屋はいささか、殺風景だ。

 置かれている物が少ない。

 必要最低限の家具類は置かれているが、それだけに過ぎない。


 ナイト・ストーカーである以上、何があるのか、分からない。

 一寸先は闇でないとも限らない。

 下手に勘繰られるような物を置くなど、ありえないのだ。


「アリーさん、すみません。僕の部屋を使いますね」


 意識を失っている彼女に断る必要はないだろう。

 だが、そうしない自分自身を許せそうにない。


 まさか、この俺がアリーさんのことを女として、意識しているとでもいうのか?

 そんな馬鹿なはずが……。


「うぅ~ん」


 思わず、身体がビクッと反応したのは仕方がないだろう。


 彼女が発した艶めかしい声に完全に虚を衝かれたのだ。

 しかし、ナイト・ストーカーとして、ソードマスターとして、いかなる状況であろうとも泰然自若を旨とする俺が一瞬、焦りを見せることになろうとは!


 大丈夫だ。

 問題はない。

 アリーさんの意識が戻ったのではないようだ。


 なぜか、俺は悪いことをしているようにしか、見えないが決して、そうではない。

 第三者から見れば、今の俺がよろしくない状況にあることは理解しているつもりだ。

 意識の無い女性の服を脱がせようとしているのは、お世辞にも褒められた行為ではない。

 いくら極力見ないようにしているとはいえ、難しいのだ。


「ごめん」


 一体、誰に謝っているのだろうか?

 アリーさんにか? 自分自身にか?


 それというのもアリーさんの蠱惑的な肢体がいかに鍛えられた者であっても辛いのだ。

 今までこのような事態に陥ったことは一度も無い。


 まさか!?

 そうか、アリーさんから漂う微かな花の香り……。

 思い出したぞ。

 遅効性の猛毒の匂いだ。


 主に使毒物で致死率が非常に高い。

 彼女のブラウスに開いている大穴から、推測すると毒が塗られた鋭利な物で腹部を刺されたのだろう。


 だが、アリーさんはなぜ、刺されたんだ?

 この国の冒険者ギルドは事務方ですら、狙われるほどに物騒とでもいうのだろうか。

 それとも何か、不測の事態が起ころうとしている前兆なのか。


 違う。

 今はそんなことを考えている場合ではない。

 アリーさんの命を救わなければ……。

 解毒剤は貴重だが、彼女を助けられるのならば、構わない。


 全ては最重要ミッションである青い鳥作戦オペラツィオーン・ブラウアーフォーゲルを円滑に進める為だ。

 決して、アリーさんのことが気になっているからではない。

 彼女がいなければ、ここまで準備したことが無駄になってしまう。

 ただ、それだけのことだ……。


 頭ではそう冷静に考えられる。

 だが、なぜか、心に棘が刺さったように感じるのだ。

 全てはミッションを遂行する為。

 国の為、平和の為の手段に過ぎない……。


 自分自身に言い聞かせる言い訳のようだな、と自嘲せざるを得ない。

 それよりもこの解毒剤。

 どうやってアリーさんに飲ませようか……。

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