閑話 あたしの大好きなローラ先輩

(クレメンティーナ視点)


 その日はいつになく、帰りが遅くなった。

 同僚達と飲んで馬鹿みたいに騒いだ結果、お空は真っ暗だったという訳。


 我ながら、馬鹿だなぁと思うけど仕方ない。

 職場の雰囲気を円滑にするにはこういう小さな努力が必要なんだから。


「はぁ。暗くてイヤだなぁ」


 あたしは草奔族ステップランナー――頭にウサギのような耳、お尻にはふわふわの産毛の生えた尻尾があるウサギの獣人族――だから、暗闇自体はちっとも怖くない。

 月明りや星明りくらいの弱い光でも昼と同じように見える。

 むしろ、昼の強い光の方が辛いくらい。


 問題はそこじゃないのだ。

 暗くなると元気になる悪い人達が、うようよいる。

 夜道になると正直、治安がいいとは言えないのがパラティーノの怖いところ。


 あたしは自分の容姿に絶対の自信を持っている。

 ギルドの受付嬢になって、およそ一年。

 成績は常に上位をキープしてきた。

 その為の努力は惜しまなかったし、何よりもこの容姿のお陰でかなり得をしている。


 だが、たった一人で夜道を歩くとなると話は別だ。

 この目立つ容姿が逆に危ない。

 草奔族ステップランナーとすぐに分かってしまう耳。

 小柄なこの体。

 目立ってしまうから、狙われるのだ。


「ねえちゃんよぅ。俺達といいところに行かねえか?」

「ぐへへへ。おいおい。そこは楽しもうの間違いだろ」

「ちげえねえや」


 まるでお約束みたいに人相の悪い三人組の男に進路を邪魔されて、囲まれてしまった。

 右に避けようとしても左に避けようとしても無理だ。

 無駄にガタイが良くて、面倒そうな男達だけど、あたしの愛らしい容姿に騙されて、草奔族ステップランナーの怖さをどうやら、知らないらしい。


 草奔族ステップランナーは小柄で見た目がかわいらしいから、弱いと思われているけど、こと脚力に関しては人間の比じゃない。

 本気で蹴飛ばしたら、大人の男の一人や二人は敵ではないんだよ?


「あ、あの。どいてくれませんかぁ?」

「どいてくれませんかぁ? だってよぉ。きゃわいいな」

「どいてあげるからよ。俺らと付き合えよ」

「や、やめてくださぁい」


 しまった!

 脚力があってもそれを生かせる技を習ってなかった……。

 おどおどしている間に路地裏へと連れていかれるあたし。


 見ていながらも誰も助けてくれない。

 何て、冷たい人間しかいないのだろう。


「あの……そのくらいでやめておきませんか?」


 透明感のあるきれいな声だった。

 ただ、どこかで聞いたことがあるような……どこだったんだろう?

 つい最近というより、割合、聞き慣れた声な気がする。


「何だよ、ねえちゃんも俺らと遊びたいってか?」

「ぎゃははは。俺らは一人でも二人でも楽しめるから、かまわないぜ」

「…………」


 あたしに助け船を出してくれた女の人は真っ黒なツーピースのドレスを着ていた。

 フリルやリボンみたいな装飾が付いていない落ち着いたデザインのドレスだ。

 それよりも腰まで伸ばされた長い髪の方が目を引いた。

 不思議な薄桃色をしていて、まるで薔薇の花みたいだった。


 顔を俯かせて、何か呟いているようだけど、あたしのせいで巻き込んでしまったのは本当に申し訳ないと思う。

 せめて、あなただけでも逃げてくださいと心の中で祈ることしか出来ない。


「薄汚い手をその子から、離しなさいと言ってるのよ?」


 さっきのきれいな声を出した人とは思えないくらいに怖かった。

 心臓を氷の手で触られたなんて形容があるけど、まさにそれだ。


 ゆっくりと顔を上げた女の人の顔は……あれ?

 やっぱり、どこかで見覚えがあるような気がする。

 誰だっけ?


「ふざけたこと言ってんじゃねえ! このアマがよ」


 三人組の中で一番、力がありそうな男が痺れを切らしたのか、ついに殴りかかった。

 思わず、目を閉じてしまう。


 何だか、嫌な音が聞こえた。

 何かが軋むような微かな音と折れた音だ。


「いてええ。いてええよお」


 ゆっくりと瞼を開いて、様子を窺うと男の腕が変な方向に曲がっている。

 さっきの音って、もしかしてー!?


「もう一度だけ、言うわ。その子を離しなさい。さもないと……」

「さもないと何だって言うんだ、この野郎」

「こうなるわよ?」


 ものすごくきれいな蹴りだった。

 長い脚が真っ直ぐに路地裏の壁に突き刺さった。

 大穴が開いた。


 嘘でしょ!?

 ありえないんですけど。

 石の壁よ? どうなってんの?

 草奔族ステップランナーでもそこまでの破壊力はないんだけど。


「ひ、ひえええ。お助けえええ」

「ま、まってくれよぉ」

「お母ちゃーん」


 腕を折られた男を引きずるように三人組は逃げていった。

 そりゃ、逃げるよね……。


「ふぅ……大丈夫でしたか?」

「あ、え、はい。大丈夫ですぅ。ありがとうございましたぁ」

「それでは私は……」


 その言葉で女の人が誰なのか、分かった。

 定時で帰るあの人じゃない?

 名前は何だったかな……えっと、確か、そうだ。


「あのぉ! アウローラ先輩、ありがとうございましたぁ」


 あたしがそう言って、頭を下げると初めて、はにかむような笑顔を見せてくれた。

 スゴイきれい。

 化粧もしていないみたいなのに自然にきれい……。


「気付いていたんですか? でも、秘密にしておいてくださいね」


 先輩はそれだけを小さな声で言うと夜の闇へと消えていった。

 あたしは熱にうなされたように先輩の後姿を見つめることしか出来なかった。


 次の日から、あたしはそれとなく、先輩にコンタクトを取った。

 あまり表立って動くと面倒そうだし、先輩が何より嫌がりそうだったからだ。


 先輩はいつも一人で昼食をとっていて、まともに食べているように見えなかった。

 そこで手作りのお弁当を二人分作って、お裾分けということで渡すことにしたのだ。

 最初こそ、遠慮しているのか、拒否されたけど、やがて根負けしたのか受け取って、食べてくれる。


 たまに一緒に食べることもある。

 あの夜の時とは違って、地味な見た目なのに同じ人なんだと改めて、感じられる。

 先輩はわざと壁を作っている。

 なぜだか、分からないけど、人を寄せ付けないようにしているみたいにも見えるのだ。


「先輩は恩人ですしぃ、いいじゃないですかぁ」

「友達……ですか。私と友達になってもいいことはありませんよ?」

「違いますよぉ、先輩。友達になったら、いいことが増えるかもしれないんですぅ」

「そうなの?」

「ええ。そうですってばぁ。あたしのことはティナって、呼んでくださぁい」

「ティナさん?」

「ティナだけでいいんですよぉ。先輩は何て、呼べばいいんですかぁ?」

「う~ん……ローラでいいですよ。ティナさ……ティナ」

「分かりましたぁ、ローラ先輩」


 こうして、あたしは先輩の秘密を知る者として、彼女の初めての友人になったのだ。

 もっと仲良くなれたら、いいなぁ♪

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