第12話 呆気ない幕引き

 変な人。

 目の前で私の蹴りに耐える大柄な人物に対して、感じる印象はそれしかなかった。


 最初の一撃は明らかに私の動きを牽制する為のものでしょう。

 どう見ても手を抜いたとしか思えない突きにしか、見えませんでした。

 もっと効果的な手があるはずなのになぜ? としか思えません。


 慈悲ミゼリコルドの短い刀身で軌道を逸らせるのは簡単だったし、そこから、身体強化の魔法を上げた蹴りを入れるのも楽です。

 先程、感じた殺気から、考えるとわざとそうしたとしか、思えないのですが……理由が分かりません。


「……っ」


 信じられないことに防がれました。

 いくら本来の全力でないとはいえ、今までに一度も防がれたことがない蹴りを……。


 決して焦っている訳ではありません。

 純粋に目の前のを蹴りで屈服させたくなったのです。

 ただ、それだけでした。


 右が駄目なら、左と首を刈るように回し蹴りを入れても防がれます。

 おかしいです。

 じゃあ、胴体に風穴を開けてやろうかとミドルキックを入れてもきれいに防がれてしまいました。


 躍起になって、連続で蹴りを入れても倒れないことにさすがにイラついてきたのですが……。

 薔薇の指ディート・ローザを使えば、この状況を打破出来ます。


 出来ますけど……。

 そうしていいのかという判断に困っているのです。


 この相手を前に手の内を晒してもいいのでしょうか?

 まんまと策に乗らされているのではないか。

 そんな気がしてならないのですが……。


 その時、何者かの話声と足音がこちらに向かって近づいてくるのに気付きました。


 まずいです。

 それでなくても『黎明の聖女』などと呼ばれて、騒がれているだけでも十分に厄介なんです。

 これ以上、大きく取り上げられたら、に支障が出る可能性が高いじゃないですか。

 それは困ります。


 目の前の人との決着を付けられないのは残念だけど、仕方がありません。

 久しぶりに楽しめたのに……。


「残念だけど、パーティーはお開きね?」


 防がれた反動を利用して、大袈裟に飛び退すさって間合いを取ってから、薔薇の指ディート・ローザを発動させました。


 薔薇の指ディート・ローザは私にしか使えません。

 私だけの魔法だから、固有魔法とでも言うのかしら?


 十本の指から、魔力で構成された細くて、丈夫な不可視の糸――例えるとしたら、まるで蜘蛛の糸のように張り巡らせることが可能――を来る前に確認しておいた尖塔に巻き付けます。

 準備はこれで完了ですね。


「黒い人。ごきげんよう」


 また、会いましょう?

 今度は誰にも邪魔されないところで会いたいわ。

 そして、今度こそ、絶対に殺してあげる……。


 薔薇の指ディート・ローザの糸であっという間にその場を離れていく私にさすがの黒い人も唖然とするしかないみたい。

 目許しか見えないけど、感情は読み取れました。

 少しだけ、気が晴れたかもしれません。

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