第11話 激突!薔薇姫と宵の明星
(アーベント視点)
俺の勘は冴えていたようだ。
山を張って、張り込んで正解だった。
大当たりじゃないか。
セレス王国の高級官僚ガスパレ・サッシ。
長年、外交官として培った経験がありながら、西にも東にも情報を流し、双方から報酬を受け取っていたとんでもない悪党だ。
中々、尻尾を掴めない慎重な行動を取る男でナイト・ストーカーが証拠を握るまでかなり、長い間、甘い汁を吸っていた。
今回は最優先事項である
案の定、闇夜――東の暗部が動き出したという訳だ。
噂に名高い『黎明の聖女』とやらが釣れるかどうかは分からない。
『黎明の聖女』が件の
ただ、『黎明の聖女』が裏で『
薔薇の姫こそ、俺の探しているお姫様である可能性が高いというだけの話なのだ。
半ば
鮮やかな手並みだ。
鮮やか過ぎる……。
俺の目でも捉えるのがやっとな速さだった。
いくら
ましてや、飛び降りてきた女の短剣で一瞬のうちに命を奪われるとは誰も考えやしまい。
時間にして、コンマ数秒といったところだろうか?
しかし、彼女に気付かれた。
何という勘の良さだ
殺したり、傷つける訳にはいかないので殺気を抑えていたにも関わらず、気が付かれるとは思っていなかった。
「罪深き方々は既に皆さん、改心されました。あなたはどちら様なの?」
月の光に照らされた薄い紅色の長い髪はまるで水面に落ちた血の一滴のようだ。
折りからの風に靡くとその美しさは形容しがたいものがある。
死の天の御使いとでも言うべき存在がいるとしたら、こんな姿をしているのだろうか?
俺を射すくめるように向けられた視線は鋭く、険のあるものだがその瞳は澄んだきれいな瑠璃色をしていた。
声も無理に抑え、低く喋ろうと心掛けているのだろう。
本来は鈴を転がすような声だと思われる。
決して、俺の好みがそういうことだからではない。
「もしかしなくても、どうやら君が噂の『黎明の聖女』様のようだね?」
「私は一度もそのような名を名乗ったことはないのだけど」
手にしている物騒な短剣が無ければ、深窓の令嬢。
それもお姫様と言われてもおかしくない品の良さと美貌だ。
隠し切れない気品とでも言おうか。
「
「…………」
纏う雰囲気が明らかに変わった。
先程までの視線とは違うもっと剣呑で殺意に満ちたものだ。
これは仕掛けてくるな。
それはいささか、まずい。
任務はお姫様の確保であり、傷つけるなどあってはならない。
しかし、どうやら目の前のお姫様は酷くご立腹のようだ。
まともに話を聞いてもらえる状況にないどころか、先に動かれるとまずいと俺の第六感が囁いている。
こちらから、動くしかないか。
身体強化の魔法を目一杯に上げると同時に両手持ちにしていた
フロッティは刺突に適した作りの細身の長剣だ。
波打つように細工された刀身が炎のように見えることから、フランベルクとも呼ばれている。
殺傷力を高めるべく施された殺すことを追求した究極のデザインだ。
この時、右の剣にわざとあまり魔力を割り振らなかったのは、彼女を傷つけないようにと配慮したのだが……。
失敗だったかもしれない。
牽制の為にわざと外して放った上段への突きだったが、難なくいなされた。
刀身が短いだけでなく、刺突用の短剣だというのに大した技量の持ち主だと感心せざるを得ない。
刀身を滑らせるようにして、威力と速度を削ぐ手捌きは見事なものだ。
「くっ。やるな」
さらにそれだけではない。
舞うような華麗なステップで踏み込んでくると俺の首を刈ろうとでもするように回転させることで威力を増したハイキックを放ってきた。
彼女に動きがあったので備えておいた防御の為の身体強化がなければ、完全に左腕を持っていかれるほどに重い一撃だ。
「……っ」
まるで感情がない人形のようだったお姫様の顔に初めて、感情らしい色が浮かんだ。
浮かんだのはいいが、非常にまずい。
お怒りがさらに増したとしか思えない!
お姫様は右足の蹴りを防がれたと悟った瞬間、ぶつかった反動を利用して、間合いを取った。
様子を見ると思いきや違うのか……。
そこから、矢継ぎ早に刺すようなハイキックを連続で撃ってくるのにはさすがに参った。
一撃一撃が重いだけではない。
的確に俺の急所を狙ってくる正確さと速度が並ではないのだ。
(このままでは殺られる……!)
しかし、ナイト・ストーカーにとって、任務は命より重い。
お姫様であるならば、傷つける訳にはいかない。
参ったな……。
諦めかけていた俺の耳に救いの主とも取れる第三者の物音が聞こえたのはその時だった。
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