第12話 自分の事で精一杯なのに
カナメは発達障害の自助グループに所属している。元々はただの参加者だったのだが二年以上通うことで常連となり、大学生からボランティアスタッフとなっていた。スタッフと言っても少し早く来てテーブルや椅子を並べるだけだが自分なりの居場所になっている。
「カナちゃん、そんなのと関わることないよ。今からでも断ってきたほうがいい。障害者なんかなんていうやつ、放っておいたほうがいい」
「うーん、ミドリさんの言う通りだと思うけど……」
「ミドリさん」はその自助グループのスタッフ仲間でもう二年の付き合いになる。友人と言ってもいい。
自助グループにはカナメにとっての発達障害の先輩がたくさんいた。カナメは初めてそこに行ったのが高校生でその時からグループの最年少だった。「カナさん」というのは自助グループでの通り名だ。
ビデオ通話画面にはカナメの他にミドリだけが映っていた。この通話可能なグループチャットはスタッフの事務連絡用のものだがスズの件で困り果ててダメもとでカナメは通話ボタンを押した。するとたまたま空いていたミドリだけが応答してくれた。
ミドリは三十になったばかりのショートヘアの快活な女性で現在は障害者雇用で働いている。昔は未診断のまま仕事をして二次障害になり診断を受けたらしい。発達障害が苦痛なく生きれる工夫に関心が大いにあり、同じく関心が高いカナメとよく話が盛り上がる。
「いや、その子のことは置いといてさ」
ミドリは一度ヒートアップしたと少し恥じて、少し深呼吸をした。そういう切り替えがうまいところはやはり三十のお姉さんだとカナメは思った。
「カナちゃんはこの春から大学生になったばっかりで、一人暮らしまで初めて、毎日一杯一杯なんでしょ? 他の人の面倒まで見てたら自分まで力尽きちゃうよ」
「まさしくそうなんですよね〜」
一番痛いところをつかれてカナメはノートパソコンの前で首を落とした。何かと面倒見のいいミドリはカナメの近況についてよく知っていた。年齢差もあり、妹分のように思っているらしい。一人暮らしという挑戦をすることも応援しつつも心配してくれた。
「私たち発達障害は自分のことで精一杯なことが多い。でも私はそれで十分だと思う。私から見てカナちゃんはこれ以上無理できないと思う。そんな面倒な人の世話までしないほうがいいよ」
「うーん、でも桜庭さんは診断されたばっかりで右も左も分からないんじゃないかなって……彼女、知りたいって言ってんです。発達障害の知識を身につければまた変わるんじゃないかな?」
「同じ発達障害でも自己受容できている人と自分は障害者なんかじゃないって思ってる人との間には壁がある。後やっぱり「発達障害なんか」って口に出すやつにろくなやついないと思うんだけどな」
「それは……そうですが」
カナメもスズに「いい」と言ってしまったことを少し後悔していた。勢いで連絡先まで交換してしまった。またストーカーになったらどうしよう。
「ただ可哀想なだけなんじゃない?」
「え?」
「その子が一人ぼっちに見えて可哀想なだけなんじゃないかな? でもこの世には他に可哀想な人なんていくらでもいる。もっと可哀想な人だっている。カナちゃんも知ってるでしょう?」
「……」
「でもそういう人を助けるには限度が……」
「……可哀想なだけじゃダメでしょうか」
カナメは下げていた目線を上げてビデオ上のミドリの目と合わせた。
「確かに私は桜庭さんが可哀想なだけだと思います。だって彼女のこと他に何も知らないから。正直上から目線な気持ちだとは思います。たかが六月の日差しに耐えられないであんな安物のサングラスを手放せないくせに、発達障害なんかじゃない普通になりたい普通になりたいって口ばっかりで馬鹿だと思いました。ある程度普通になるなら発達障害の勉強したり、できることとできないことを分析しなきゃ無理なのに、あの子はお母さんを責めてるだけで哀れだと思いました」
「カナちゃん……そう思うならどうして」
「発達障害なんかじゃないって言葉、腹立ったけど、それ以上に彼女が惨めだったからむしろ呆れました。たった一度体育の授業で助けられた程度のことで私に付きまとうくらい追い詰められているくせに、違う違う私は普通だって言い張って……中学の頃の私みたいで自己嫌悪が沸きます。自分がなぜ困ってるか知ろうとしないんですよ」
ミドリの瞳に悲しい光が宿った。
「あなたがそんな風に思うなら友人として余計に止めるよ。その子と関わるのは止めときな。そんなしんどい想いをするより、自分の生活を優先しなさい。今だって大学生やってるだけできついんでしょ、アジールでいつも言ってるじゃない」
「そうだけど! ……あの子、きっと私が手を離したらもうダメになっちゃう。昔、そうだったんです。弱ってるくせに強がって自分から助けを求められなかった。少なくとも桜庭さんは一度は助けを求めた」
「カナちゃん……でも」
「私も自分が馬鹿だって思う! でもあの子が言うように夏休みまでくらいなら……!」
そこでポロンと通知音が鳴った。
「あらら、こんな夜に通知が鳴ったと思ったらどうしたの?」
「雪白さん……?」
ビデオ画面に髪が真っ白で顔に深い皺のある、だが品のある老婦人が介入した。黒いチュニックを着て少し眠そうにしている。……彼女こそカナメとミドリが所属している自助グループ「アジール」のリーダー・雪白月絵だった。
「どうしたの、二人で難しい顔をして?」
そう言って雪白はいつもの気楽な笑みを浮かべた。
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