第11話 普通に見せかけるとなんとか普通に見えることもまた悩み
カナメははあとため息をついた。
「いいや、私は発達障害だし普通じゃないよ」
「でも普通の人にしか見えないわ、そんな発達障害の人いるわけない!」
「いっぱいいるよ、桜庭さんが知らないだけ。それに楽になる工夫もしてるからね」
あんまりにもカナメがあっさり告げたのでスズは言葉が消えてしまった。工夫? そんなもので何か違うのだろうか?
「いや、工夫も万能じゃないんだけど……マシにはなる。積み重ねれば意外といける部分もあるだけだって」
「でも……!」
「はい、桜庭さん、ストップ。もう三時間目終わっちゃったよ」
その言葉と同時にチャイムがなった。スズは時間のあまりの早さに混乱した。まだ十分くらいしか経過していないと思っていた。
カナメはスズにアナログの腕時計で時間を示した。
「私、次授業あるから。で、友達になるかだけど」
スズはびくりと震えた。カナメはすっとベンチから立った。
「やっぱり無理かな。私は発達障害だから、障害者なんかなりたくないって言ってる人とは友達にはなれない。桜庭さんが「発達障害なんかいやだ」って思うのは自由だよ、でも私にも友達を選ぶ自由がある」
「ま、待って……」
「さよなら。ごめんね、私も自分のことで精一杯なんだ」
「待って! お願い!」
一歩進もうとするカナメの手をスズは必死で掴んだ。
「ごめんなさい! 私、最近おかしいの! 差別なんてしたくないのにそうなばかり言っちゃう。障害があるって言うことで自分が自分じゃなくなっちゃうみたいで怖いの! 今まで普通になりたくて頑張ったことが全部無駄だって言われたみたいで……だからカナメに教えてほしい」
「教える?」
「もしかしたら、わ、私も「そう」なのかもしれない……だから発達障害でも「普通」にしてるカナメがどうやってるか知りたい!」
カナメは手を振り払うのも忘れて目を丸くした。
「知りたいって……私特別なことは特にしてないよ」
「どうやったら発達障害があってもカナメみたいになれるの!? 薬を飲めばいいの、それとももっと違う方法があるの?」
「薬は飲んでるし、それなりに効いてはいるけど、だからって普通の人になれるわけじゃないよ。他には……まあ本を読んで勉強したり、他の人と交流したり、色々あるけど」
「カナメのことを知りたい! どうしたら私も普通に、毎日静かに暮らせるのか知りたい! こんな風に辛いまま生きていくのいやなの!」
「……」
「教えて! 教えて……教えてください」
スズはカナメの手を命綱のように強く握りしめたまま、俯いた。その下にポロポロと涙の滴が落ちた。カナメの足が止まった。
「サングラスをもらった時から考えてたの。カナメはすごいって。今まで誰も私が辛いことに気づいてくれなかった。私も自分が怠けているからだと苦しいってことすら気づいてなかった。でもカナメは気づいてくれてた……どうしたらそうなれるのか教えてほしい」
「でも、桜庭さん。発達障害のこと認めてないじゃん」
「ずっとなんて言わない。少しの間でいいの。お礼だってする。……お願いします、助けてください」
「……発達障害こと勉強できる?」
まだ自分が障害者であることには抵抗がある。勉強することで自分がダメな人間であることを知ってしまうのではないかとスズは少し迷った。けれどすぐに決意を決めて顔を上げた。
「……す、する!」
「本気?」
「本気よ! カナメに迷惑はかけないわ。もういつも追いかけたりしない。ストーカーみたいだったならごめんなさい。これからは週に一回、その間だけカナメみたいになるのにはどうしたらいいか教えて! 夏休みまででいい、お願いします!」
スズは立ち上がり、深く深く、自分の膝頭が見えるほど頭を下げた。そのまま土下座でもしそうだ。カナメが振り返るとスズの両手は痛いほど握り締められていた。
「……そ、それくらいならいいけど」
カナメは思わずそう言ってしまった。
その日の晩。
「ええー!? なんでそんなの引き受けちゃったの!?」
「や……やっぱりそう思う?」
カナメはビデオ通話で思い切り怒られていた。
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