第7話 一つの条件

 俺とイルナとランロンは甲板で仰向けになっている。

 夜空には欠けた月が真上に有り、大量の星がすごく綺麗だった

 時々軽く吹く風も心地よかった。


 だが、船酔い中の俺とイルナは気分が最高に悪かった。


「なあ、あんちゃん、水はないのかな。喉が渇いたよ」


 大量に胃液を海にぶちまけたから、六歳位の幼児のイルナは喉が乾いたのだろう。


「ふふふ、俺は今日までモンスター退治の毎日だ。収納魔法で、大量の飲み物も食べ物も持っているぞ。酒でもビールでも何でもある」


「み、水でいいよ」


「ふふふ、それには一つ条件がある」


 いくら幼児でも、この世にただのものなど一つもない。

 それはちゃんと教えなくてはならない、教育というやつだ。


「気持ちわりいなー。どんな条件だよー」


「ふふふふふふ、それは、俺の事を、あんちゃんではなく、父ちゃんと呼ぶことだ」


 あれ、俺は何を言っているんだ。

 とっさに出て来た。

 思えば、二十九歳の俺は、嫌われもので友達も結婚も出来なかった。

 ずっと一人で生きてきたからか、家族持ちを羨ましく思っていたのかもしれない。


「はあーっ、嫌だよ。あんちゃんみたいな子供を、父ちゃんなんて呼べるかよー、かっこわりー」


「父ちゃんと呼べば、美味しい飲みものを何でも飲ませてやる。それだけじゃねえ、何でも言うことを聞いてやる」


「あのさあ、なんでそんなに、父ちゃんって呼ばせたいんだよう」


「ふふふ、ずっと一人だったからか、家族がほしいのかもなー」


「ちぇっ。聞くんじゃ無かった」


「いや、いい、呼ばなくていい。忘れてくれ……」


 急に恥ずかしくなった。


「……」


 そのあと、ちびのイルナは黙り込んで何か考えているようだった。


「あのさあ、何でも言うことを聞いてくれるのか」


 イルナが、すごく嬉しそうな顔をしている。

 悪い予感しかしない。


「だからそれは、もう無しだ」


「父ちゃん頼むよー―」


 こ、このちびーーーーー。


「な、なんだ言ってみろ」


「うーーん、その前に水をくれよ」


 俺は美味しい水の入った革袋を出してやった。

 うまそうにごくごく喉をならしてイルナは水を飲んだ。


「おいら、かあちゃんがほしい」


「はぁあ……」


「なあ、駄目なのか」


「ふふふ、たぶんな。嫌われ者だからな……」


 語尾がだんだん弱くなった。


「父ちゃんのかいしょなしーーーー」


 イルナは船から飛び降りた。

 そして不思議そうな顔をして立ち止まっている。

 イルナを追いかけて俺も船から飛び降りた。


「なあ、地面が揺れている」


「ふふふ、本当だ」


 ずっと船で揺られていた為に地面がゆれて感じていた。

 この後、俺たちは、陸地で朝まで眠った。




 朝、目が覚めると船員達はすでに作業を始めていた。

 だが、なぜか多くの船員が足を引きずっている。


「なあ、父ちゃん手伝ってあげなよ」


「なんで、俺がそんなことをしないといけないんだ」


「ちぇっ、母ちゃんも探せねーくせに。おいらの頼みを何でも聞いてくれるんじゃ無かったのかよう」


「わかった、わかった」


 あきらめて働く船員の方を向くと、爺さんが大きな荷物を両肩に担いで歩いている。

 荷物が重いのかヨタヨタしている。


「なあ爺さん、俺にも、荷物運びを手伝わせてくれ」


「アスラ殿、よいのか」


「ああ、構わねえ。なんだか大勢の船員の足が悪いみたいだから手伝ってやる」


 なんだか爺さんが驚いたような顔をしている。


「父ちゃん、船員の足が悪いのは、父ちゃんがやったんだぜ。忘れたのかよう」


「あーー、覚える気が無いから気が付かなかった」


 今度は、爺さんとイルナとランロンまで驚いている。


「爺さん、その荷物を運べばいいんだな」


 爺さんが持っている荷物と同じものを持ってみた。

 あんまり重さを感じない。

 バランスが有るから十個ほど持って、走って運んでやった。


「うおおおおおーー」


 まわりの船員から驚きの声が上がった。


「アスラ殿、これは持ち上がりますかな」


 爺さんが馬車の荷台の、四角い箱を指さした。

 これもあまり重さを感じなかったので、軽く持ち上げて運んでやった。


「すげーーー、すげーーー」

「あれが一人で持ち上がるのかー。すごすぎるだろーー。信じられねー―」


 船員達の驚きの声が聞こえる。

 船からの荷物を馬車へ、馬車の荷物を船へと二十往復位しただろうか。


「この船の積荷は全て終りましたぞ。助かりましたアスラ殿」


 爺さんが深々と頭を下げる。


「なーに家を借りているしな、お安いご用だ」


「ふふふ、あと五隻ありますが……」


 爺さんが俺を見つめる。


「……」


 俺は小さな荷物を真っ赤な顔をして運んでいるイルナの顔を見た。

 イルナはニタリと薄気味悪い顔をして笑った。


「ちっ、やりゃあ、いいんだろ、やりゃあ」

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