第2話 ♠分♠ 真由美さんの分別なき甘噛み

 眼前に、とある乙女座超銀河団の二人がいた。

 能面のセーラー服少女が、人形少女ドルフィーナを両手で抱えていた――ゴスロリ姿のそいつドルフィーナは、S.F.Aシークレタートフォーラ内の女神フェムトナの依代だ。


 PKマフィア軍に取り囲まれた時に逆襲を手助けしてくれた、今宵限リデスタ・ノイチの女神。


 フェムトナと出会ってからのS.F.Aシークレタートフォーラでの日々が僕の脳裡を駆け抜ける。


 ✧


 僕は、ソノラ・チワワ砂漠を歩いていた。

 目指すは、冒険者の街、ルモシージョシティ

 メキシコの沙漠地帯を模した砂漠を渡るのに、徒歩が一番コスパがいい――時間はかかるにせよ。

 普段から節約第一生活な僕は、VRMMO世界でもコスパを追求する。


 僧侶アバターな〈モンクロウ〉アカウントで歩く僕の左肩に、ゴスロリ人形少女ドルフィーナがちんまり座っていた。

 このゴスロリ人形の中に女神フェムトナがいらっしゃるとのことだった。

 聞いたことない契約神の名。けれども、回復ポーション1回分のお値段で初回特典付きの仮契約ができるお得さから、砂漠行に同行してもらった次第。


 ✧


 砂漠内セーフティポイント、とあるオアシス。

 女神フェムトナと仮契約するにあたり僕は正座して祝詞のりとを唱え、ゴスロリ人形少女ドルフィーナ平伏へいふくした。

 もちろん、なるべくお得な御利益を得たいと願ってのことだ。


「掛ケマクモ~カシコ伊邪那岐大神イザナギノオオカミ~……」

 子供の頃から耳にしてきた上間久里天神かみまくりてんじん流の祝詞のりとを唱えた。


 すると、女神フェムトナは、ゴスロリ少女ドルフィーナのネックレス「姉妹の絆シスターフッド」を初回特典として渡してくれた。

 いざという時に使うと、フェムトナの沢山の姉妹たちが助けにきてくれるということ。


 そんな特典ネックレスを、僕は〈モンクロウ〉の腕輪にした。

 

 ✧


 能面セーラー服女が抱える人形少女ドルフィーナの口が開いた。

接続完了コネクテッド

「あんむっ」

 同時に真由美さんに喉仏のあたりを甘噛みされた。

 ――喉にこそばゆい感覚を味わいながら、銀行にいるはずの僕の記憶はさらに曖昧となる。


 ✧


 ルモシージョシティにたどり着いた僕は、姉御肌の銀華ギンカさんの勧めで護衛者ギルドに加入した。

 僕のSFAアカウント、モンクロウはオヤジが残した戦士僧侶ウォリアーモンク

 たぶんオヤジの趣味なのだろう、大日刑法典なる詠唱巻物スペルロールでの捕縛魔導がキメ技だ。魔導が決まれば、悪い奴はS.F.Aシークレタートフォーラ内の監獄結界送りとできる。……オヤジは、正義の戦士僧侶ウォリアーモンクあたりを気取ってプレイしていたのだろうな。

 

 護衛ギルドに加わってから一月ほど後の護衛任務。

 なんと、2000名以上のPKマフィア軍に囲まれてしまった。

 PKマフィア間の抗争に巻き込まれてしまったらしい。

 そこかしこで入手したマネーポイントで揃えたのであろう、豪勢な武具と防具を身に着けた精鋭っぽいマフィアな奴らの面々。

 このままでは護衛対象も僕らもなぶり殺しにされてしまう、と僕は焦った。そうなると、ミッション未達成のペナルティに、キルペナルティ……辛い結末だ。


 最後の望みを賭け、「姉妹の絆シスターフッド」の腕輪をさすり 今宵限リデスタ・ノイチを唱えてみた。


 今宵限リデスタ・ノイチを唱えると、「姉妹の絆シスターフッド」はトンデモをした。数多のフェムトナ姉妹が現れ、僕の詠唱巻物スペルロールの捕縛魔導を数千倍に増幅した。

 結果、PKマフィア軍の全員を捕縛し、監獄結界送りにできた。

 併せて、数万種のアイテムをゲットして――アイテム換金ボットを介し3億円相当以上のマネーポイントを得た。

 

 ✧


 そのマネーポイントが僕の口座に振り込まれてしまい、今日の僕は銀行に――あれ?――肩甲骨を甘噛みしているのは、真由美さん?

 だから待合室ですることではないよね、と思うけれど――僕たちは歩いているらしい。

 

 窓口制服姿のお姉さんが、先導していた。

 真由美さんに抱きつかれいろいろ甘噛みされながら、僕は歩いていく。

 

 前を歩くセーラー服少女の肩にはゴスロリ人形。女神の依代にVRMMO外で会ってしまい――身体を操られ逃げようもない、ようだ――



 応接室っぽい部屋に入った。

 銀行の上役っぽい人々がお出迎えをしてくれた。


 名刺交換タイムという奴――らしい。先頭は天神あまかみのおばあちゃん。

 

天神あまかみさん、お久しぶりでございます」

「ご無沙汰ですね、佐藤さん。……あらあら。もう副頭取になられたのですか。ご立派ですこと……」


 銀行の人々は、皆、天神あまかみのおばあちゃんと知り合いのようだった。ひとりひとり、おばあちゃんに挨拶し、軽い話を交わしていく。


 その次は僕。

「山田暢気のんきです。本日はよろしくお願いします」

 名刺を受け取るたび、同じ言葉を繰り返した。

 年配の銀行の人も、よろしく的な言葉を丁寧に返してくれた。

 名刺交換の邪魔にならないようにか、真由美さんは僕の後ろに廻って太腿やお尻を甘噛みしていた。

 

 続いて、乙女座超銀河団の二人が名刺を受け取っていった。

 

「とある乙女座超銀河団有希です」

 着物姿の少女が言う。

『トアル乙女座超銀河団P子デス』

 能面セーラー服の少女が続く。


 名刺を終えた僕はお尻とお尻の間をガジガジされつつ――あの穴の近くがこそばゆいかも――天神あまかみのおばあちゃんの方へと戻る。


 P子と名乗る能面セーラー服とすれ違う時……銀行の人に向けて口を動かし挨拶しているのがゴスロリの人形少女ドルフィーナだと気が付いた。

 

 僕の視線を受けた人形少女ドルフィーナは僕に向かって付け加えた。

『トアル乙女座超銀河団ハ 住民基本台帳上ノ 姓』

 人の声帯とは違う仕組みなのか。個性的な声音だ。


 P子の後ろに、スーツ姿の男性がいた。

「内調の内藤貴生ないとうたかお三世です」

 慣れている人らしく、流れるような動作で名刺交換をしている。

 

 誰? で、三世ってなんだ?


 ともあれ、ソファに座る僕の手には、埼玉りそら銀行副頭取、支店長代理などお偉方の名刺があった。


 ✧

 

 銀行のお偉方が、天神あまかみのおばあちゃんと内藤貴生ないとうたかお三世と談笑している。


 僕のお金の話なのに、意識は陶然とうぜんとしたまま。

 ゼロ距離のまま、真由美さんが僕の身体を甘噛みし続けているためだろう。

 真由美さんは足指を一本一本をはむはむと甘噛みしていた。


 ふと思う。僕は靴を履いていないのではないかと――あれ、さっきはズボンを履いていなかったのか。

 いや目の焦点を合わせてみると、普通に靴を履きズボンをはいていた。

 でも足のどの指も舌が這う感触でむず痒い。

 真由美さんのお口は何らかの手段で服や靴を超え僕の肌に触れている、のだろう――何のために?

 

 目を閉じまずは肌感覚に集中――しようとしたら、意識が飛んだらしい。真由美さんは膝小僧をはむはむとしている。


 こんな状況なのに、とある乙女座超銀河団の有希とP子は平然と隣に座っている。


 甘噛みが股関節の方に近づいてくる――と思うなり、また意識が途絶えた。

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