第3話 ♠超♠ 3億円は僕のお金となるも、夢魔の話は超うざい


 意識が戻った。


 打ち合わせは滞りなく終わったらしい。

 お偉いさん方にお見送りされつつ、特別室を出た。


 越谷支店長代理の方の人に案内されつつ、廊下を歩く。

 真由美さんは僕の左手のひらを甘噛みしている。



《埼玉りそら銀行は、3億円は君のお金だと認めたよ》

 脳内に響いた真由美さんらしき声が教えてくれた。

 

 ん?


《いやいや、危ないところだったよね》


(こいつ、誰だ?)

 

天神あまかみのおばあちゃんがゆっくりゆるり歩くもんだから。ノンケ君が有希ちゃんと先に逢っちゃうんだもん》


 僕の疑問をスルーして真由美さん声は続く。


《ノンケ君、有希ちゃんを綺麗きれいだと思ったでしょ?》


(そりゃ、綺麗きれいだと思ったけれど……てか、僕の名前はの・ん・き、だ)


《君には同性から好かれる気が随分とあるようだから。ノンケ君と名付けて真名ははらわせてもらったよ》

(僕が親からもらった名前を勝手に祓うな)


《え、でも危なかったんだよ。ノンケくふぅん。ね。ノンケくふぅん。ねっ》

(……いいよ……お前が脳内でどう呼ぼうと……ただ奇声はあげんなよ)


 脳内に響く真由美さん声での奇声がうざすぎて、僕は妥協した。


《ノンケ君、了解ラジャーであります》


 ――いつの間にか真由美さん声とナチュラルに脳内会話してしまっている。

 

 真由美さんのご本尊は、今も僕の脇腹を甘噛みしているのだが。

 僕の身体は真由美さんの身体と一体化して、相変わらず勝手に動いているらしい。


 僕がどう感じようとどう考えようと事態はこんな風だと諦めるしか、なさそう。



 でも、聞くしかない。


(で……おまえは誰なの?)

《僕らは人類が宗教を生みだす前からの存在にして、だね……》


 ぁ、長くなりそうな奴と思い、質問を変える。

(その前にさ、なんでこんなことになってんのよ?)


《いいかい、とある乙女座超銀河団有希ちゃんはね。全方位的に余剰次元を魅了しちゃうんだよ。魅了された余剰次元は、すっかり有希ちゃんのとりこになっちゃって従わせちゃうんだから――こまった余剰次元ちゃん》


(余剰次元を、魅了?)

 だめだ。こっちも長そうな上、わけわからん。

 

《ふふふ、神にも等しい権能だよね。有希ちゃんは僕らの主戦力なのさ。空間の余剰次元サイズを程よく調整してくれちゃう、僕らの主神ヒロインだよ》

(主神? お前、宗教関係か?)

 ……眼の前に『ヒロ』と『イン』の文字が浮かんでいる。なんだその当て字。


 宗教的な幻覚を見せられているのではと、気になってくる。ま、普段はわたし語りの、その真由美さん声が僕っ娘の奇声で話すなど、気になることなら幾つでもあるのだが。

 


《名乗るのが遅れたね。僕は夢魔リリスのティーナ》

 

 夢魔リリス


 S.F.Aシークレタートフォーラに、夢魔リリス系のモンスターがいた。

 たしか、ダンジョン内のキャンプで夜を過ごす時に取り付いてくる奴とかが夢魔リリス。キャンプの防御結界が不完全だと危ない。

 夢の中でHPヒットポイントが削られる他、精神支配の状況によっては、夢遊病のようにキャンプから外に出ていってしまいダンジョン内のモンスターに囲まれてしまい命を落としかけることがあるのだとか――要警戒の存在だ。

 

《そう警戒しないでよ。僕は宇宙の平和を守るために働く、良き夢魔ヒロインのティーナだよ》

 眼前に『ヒロ』と『イン』の文字

(何にでもヒロインをつけんな。胡散臭い)

 


 ✧

 

 お見送りされつつ、りそら銀行の通用口を出た。

 前にパトカーが停まっていた。制服姿の警官達が直立している。

 

 列の先頭を歩く内藤さん三世とやらは偉い人なのか、警官達は皆、敬礼をする。

 僕らはパトカーに乗り込んだ。


 (もしかして逮捕?)なんて思いは浮かばなかった。たとえ、パトカーの中でもおヘソから脇の下にかけてを真由美さんに甘噛みされっぱなしであっても。


 ✧



《それでね、ノンケ君。主神ヒロインの有希ちゃんが余剰次元の物理法則を魅了しちゃうってことは、他の神も物理法則を書き換えちゃうこともあるわけで》


(理科の教科書にでてくる数式に落書きするようなことは、誰だってできるしな)


 脇の下の甘噛みは、やはりかなりこそばゆい。

 念入りに噛んでくださるのはちょっと辛い。

 気晴らし、いやかゆみ晴らしに、夢魔ティーナ戯言たわごとに付き合ってしまう。


《事実。実験神という頭のおかしい神がいてね》

(……頭のおかしいのはまずはお前ティーナだろ)


《いや、あの神は実験用に世界𝙂ゲーハーを創っちゃうくらいだし、ほんと頭おかしいんだよ》

(何の世界だって?)


《実験世界、𝙂ゲーハーだよ》

(ハゲを馬鹿にする実験かよ!)


 僕が中学校に入った頃、オヤジの山田元気の頭髪はかなりバーコード状態だった。その遺伝子を引き継ぐ僕は、シャワーを浴びるとずいぶんと髪の毛が抜ける。髪の毛も細いほうだし……僕の頭髪の将来はまったく楽観視できない。



 パトカーが減速した。

 どうやら県警本部に入るらしい。


 皆、パトカーから降りた。

 今度は、案内役として先頭を歩くのは人形少女ドルフィーナ

 ちんまりした人形が案内役であることに誰も突っ込まないままに、僕らは県警本部に入った。

 人形少女ドルフィーナはそのまま建物内をほぼまっすぐに歩くと、裏手の扉を開けた。

 小さな広場。そこに下へと降りる階段がある。まるで地下鉄への入り口のようだ。

 人形少女ドルフィーナは階段を降りはじめた。

 その後ろをP子と有希が続く。

 僕の身体も続いた。

 

 真由美さんは僕の左右の乳首を甘噛みしていたが、階段を降りやすいようにか、後頭部を甘噛みし始めた。


 ✧


 頭皮の甘噛みは、けっこう気持ちが良いものだった

……今巻き込まれているわけわからん事態のストレスにさらされている頭皮が、癒やされていきそうな感じ。

 少し念入りに噛んでもらえたら、と思ってしまう――夢魔ティーナに操られているのであろう真由美さんには申し訳ないが。

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