第4話 ♠常♠ 常識外れの地中移動

 階段を降りると、鈍色に光る広い空間だった。


 角を生やした沢山の女の子たちが何やら楽しそうに喋くったりお尻をくねらさせたりしている。

 皆の背丈は下の妹の華音かのんより少し大きい。

 小4か小5くらいの背丈か。

 顔つきは、少女というよりは学童の童女……そして、髪の合間に角が見える。


(角の童女?)

 そう自問するなり夢魔ティーナが口を挟む。

《そう、ノンケ君のお嫁さんたち、雌餓鬼メスガキ姉妹だよ》


 (ん? 嫁?)と思うなり、身体が重くなった。

 真由美さんは僕の頭頂部を甘噛みしたいのかよじ登ろうとしているのだ。

 甘噛みを止めることはできない僕は、その場に座り込んだ。


 頭頂部の頭皮の甘噛みが終わると、そのまま正中線を甘噛みしていく。

 鼻を甘噛みされた先には唇がある。


「あんむっ」

 再び甘ったるい声を出してから真由美さんはぼくの唇を甘噛みした。

 僕は唇に真由美さんの柔らかな感触を感じ、再び電流が流れた。

 直後、ファーストキスがこんなに作業的に奪われた事実を哀しく思う。


 その先には喉仏があった。甘噛みされると妙にこそばゆい。

 さっきも甘噛みされたはずなのに思わずのけぞってしまう。

 真由美さんはそのままのしかかってきた。

 押し倒されながら、後ろを見上げると、降りてきた階段は消えていた。

 

 噛み残しを無くそうとしているのか、真由美さんは僕を押し倒してからは鎖骨のあたりを念入りに甘噛みする。


 気がつくと角の童女たちが、僕を取り囲んでいた。

 いや、僕を押し倒した真由美さんと僕とを。


 真由美さんの甘噛みは僕のへその方に向かう。

 真由美さんが僕のヘソを甘噛みする様を、角の童女たちが凝視している。


 起きている事態についていけない僕は、童女たちの角の本数を数えて気を紛らわす。

 彼女たちの角は一本だったり二本だったり三本だったりするらしい。あと、髪の毛色の方もさまざまだ。


 ✧

 

 おヘソの少し下で真由美さんの甘噛みは止まった。

 僕はホッとした。


《ようしっ、だいたい間に合った。十分に噛んだからね》

 脳内の真由美さん声で、夢魔ティーナの奴が、言った。

 まったく真由美さんのお体をおもちゃにしやがったのに、一仕事終えて満足みたいな声を出すな。



《これでノンケ君は立派に婿としての努めを果たせるな》


(むことしてのつとめ?)

 またも夢魔ティーナが意味不明のことを言う。


《今日はノンケ君の結婚記念日なんだよね》

(今日は僕の誕生日、だ!)


 こいつリリスは、やっぱ僕に悪い夢を見せようとしているのだろう。


 ✧


 真由美さんは僕の身体から離れ立ち上がった。

 無表情だった。

 普段の柔らかな表情とのギャップにドキリとする。

 

 くるりと振り返ると、すたすたと歩き出した。

 真由美さんが淡紅色の和服姿であることにはじめて気がついた。

 

 天神あまかみ真由美さんには小さな頃から可愛がってもらってきた。

(その真由美さんを、甘噛みさんと心の中で呼んでしまう日がくるなんて)

 僕は罪悪感を覚える。

 

 真由美さんが振り返った。

 涼やかな眼差しの見返り美人姿。

 

《なら、ついでにノンケ君の全身を甘舐めしてあげようか》


 見返り姿のまま真由美さんがちろりと舌を出してレロっとした。

 

(おいっ、真由美さんの身体をこれ以上オモチャにすんな!)

 心の中で夢魔ティーナにふざけんなと、突っ込む。


 真由美さんが見返り美人をやめるなり、真由美さんの前に再び階段が現れた。

 何事もなかったようにてとてと階段を上りはじめた。


『ミンナ、ツイタゾ』

 そう言ったのであろう人形少女ドルフィーナが、後に続いて階段をホップしながら登りだす。 

 角の童女たちは一斉に人形少女ドルフィーナの方を向いていた。そして、わらわらと後に続く。


 人形少女ドルフィーナが、まるで童女たちの引率の先生のようだ。

 

 身体が自由になったらしい僕も続いて階段を上った。

 外に出ると、上間久里天神かみまくりてんじん社の見慣れた境内だった。……つまりは僕ん家のお隣さん。


 角の童女がわらわらと境内に散らばる中、真由美さんはそそくさと社務所の建屋に入って行った。


 ✧


 少したって、僕は事態を飲み込みはじめた。


 そして、緊張を込めつつ、脳内の夢魔ティーナに聞く。

(まさか、地下室ごと、越谷まで地中を移動してたのか?)

《そうだよん》

 真由美さん声の夢魔ティーナが自慢げに答えた。


(おいふざけんなよ、東武線とか脱線させてないだろうな?) 


 浦和の県警本部で、大勢の警察官が見ている前で僕らは地下室に下った。

 手段はさておき、その地下室が越谷まで移動している。

 東武線だけじゃなく、JR線の地下も通っていることになる。電車の運行を妨げただけでもかなりの罰金もの、脱線でもさせようものなら刑務所行きだろう。

 

《その辺りは抜かりないはずじゃ、たぶん》


「たぶんって何だよ。あと言葉使い変わってるぞ」


 思わず大きな声が出た。


 鉄道に被害はなくても、他で道路を傷つけたり地下電線切ったり下水管壊したりしまくっていたのなら、3億円なんて全額没収間違いなしだ。

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