後編


 わたくしから彼らへ保護を求めた、というていでの亡命。


 わたくしの無罪を周知させる。その成功報酬として、わたくしの身柄。


「はい。ですが、事前にご説明したように、決して無体なことは致しません」

「我らが皇帝陛下と皇妹殿下、そして皇兄殿下でもある宰相閣下は女性の不当な扱いや人権問題などには大変厳しいもので。気軽に、留学するというくらいの心持ちで我が帝国へいらしてください」

「無論、あなたの意志決定が最優先されるとのことなので。もし、残念ながら我が帝国へお越し頂けないのであれば、恒久的な友情をお願いしたく存じます」


 恒久的な友情、ね。


 そして、行くもやめるも・・・


「わたくしが決めてもいいだなんて・・・そんなこと、初めて言われましたわ」


 女は家長へ従い、家へ利益をもたらさなくてはならない。そうでなければ家を、爵位を継ぐことのできない女にはなんの価値も無い。それがこの国に根付く常識ですもの。


 恋愛は、結婚後に跡取りとなる子供とそのスペアを産んでから。不倫や三角どころか、多角関係などはざら。そういう不道徳も当たり前。けれど近年は、それらの不貞行為が刃傷沙汰や暴力事件、育児放棄、子供に対する虐待を呼んでいるのでは? と、問題になって来ている。


 そう言った反発からか、娯楽の一環として婚約破棄や悪役令嬢が出て来て、愛の無い婚約や結婚は悪だと説いている書物もあるけど。あくまでそれは、物語の中だけのこと。


 爵位の無い富裕層ならいざ知らず、実際に貴族として事を起こすのは愚か者のすること。


 皆、周囲の声に踊る道化を煽り、馬鹿な言動を取る……取らせるのを愉しく観劇していただけ。


 そんな馬鹿に、衆人環視の中で婚約破棄という滑稽な見世物にされたとしても――――互いの家の当主が頷かなければ、『学生時代に少々羽目を外しただけだ』と、何事も無かったように婚姻を結ばされることは目に見えている。


 わたくしとあの馬鹿の関係が破綻していようとも、婚姻さえ結べば両家へ利益があるのだから、と。


 そんな結婚生活、普通に針のむしろに決まっている。絶対楽しくない。


 あの馬鹿がことを起こすと、楽しげに語っているとき。


 わたくしは瞬時に思った。逃げよう、と。


 修道院か外国か、今すぐ学園を早退して行動しようと思っていたところに、


「手をお貸ししましょうか?」


 そう声を掛けて来たのがこの二人だった。


 だから、わたくしは――――


 渡りに船だと、この二人手を取ることにした。


 だって、取らなければ確実に訪れるであろう、地獄の結婚生活なんてごめんだったから。


 それなら、一人で帝国へ渡ることの方がマシ。


 人買いや、騙されているのでは? と、思わないでもなかったけど・・・


「ああ、実はわたしは神官の資格を持っていまして。お疑いでしたら、あなたを保護・・するに当たって、騙していないことを神へ宣誓しますよ」


 と、そうまで言われて簡単な宣誓まで聞かされたなら、騙されてもいいかという気分になった。


 まぁ、ぶっちゃけ・・・幼少期より通常の国の国家予算を遥かに超える程の個人資産を稼ぎ出し、天才・鬼才という称賛をほしいままにし、争うことなく二人の異母兄を押し退け、即位してから僅かたったの数年で幾つもの国を属国にし、大国を帝国へと成長させた立役者の美少年皇帝ネロ陛下とその異母兄の美少年宰相、シエロ皇兄殿下に興味津々というのもあったけど。


 少年皇帝であるネロ陛下が、清廉で慈悲深いことは大変有名だ。の皇帝の属国になった途端、それまでの暮らしが嘘だったかのように民の暮らしが豊になったとは、よく聞く話。


 まぁ、興味津々とは言え・・・さすがに、年齢が二桁になったばかりのお子様美少年達にそういう・・・・意味・・での興味は全く無いけど。


 わたくしは、彼らの作る国に興味がある。


 この国とは違って、帝国は女性が活躍することのできる国だ。彼らが、数年でそう変えた。


 だから、わたくしはこの二人の手を取り――――


 帝国へ渡ると、決意した。


 それにしても、この丁寧に喋る二人が先程のやや下品な野次を飛ばしたのよね? 声が同じだったし。


 あの野次には、ちょっと驚いたわ。


 あれが素なのかしら・・・?


 まぁ、それはおいといて。


 公爵家も、これから没落まっしぐらでしょうね。なにせ、嫡男であるあの……浮気自爆男が、公衆の面前で自分より爵位の低い貴族子女達に踊らされ、道化になって見世物として嗤われていたことが証明されてしまったもの。


 元婚約者あの道化がいる公爵家なら、簡単に操れる……と。侮られることは必至。


 そうして侮られた貴族は、海千山千の狸や狐に、上昇志向の強い下位貴族や商人達に、寄ってたかって財産も土地も、どんどんむしり取られることでしょう。


 ふふっ、これからどうなって行くのかしら?


 なんて、もうわたくしには関係の無いことね。


 だって、わたくしは今日から自由なんだもの♪


―-✃―――-✃―――-✃―-―-


「やー、うちの皇帝陛下と宰相閣下。慈悲深いっちゃあ慈悲深いけどさー……」

「あの二人、やり口はめっちゃエグいですよね……」

「そーそー。あちこち地方行脚あんぎゃして来いって、どさ回りさせられると思ったらなー」


「『人助けをして来なさい。理不尽な目に遭っている人を。特に……有能つ、ちゃんと話の通じる女性をうちに保護して丁重にもてなすのよ!』ですからね」


「んで、助けた有能な女性に、カウンセリングがてら国の内情をあれこれ聞いてー、問題のありそうなとこから切り崩してー、どんどん支配下に置く、と。『困っている人を助けて、うちの利にもなる。これぞまさしくウィンウィンな関係よ!』って高笑いしてたけど」


保護・・という名目ではありますが、実質的にはスカウトですよね、これ」

「もうさー、ネロ様とシエロ様の二人で、いつか大陸制覇とかいっそのこと、世界征服できんじゃね?」

「皇帝陛下と宰相閣下にその気があるのかは不明ですが・・・あり得そうですね」

「わー、我らが偉大なるネロ皇帝陛下、シエロ宰相閣下ばんざーい!」

「ふざけてないで、彼女の保護が終わったら、次の国へ留学・・しますよ」

「へーい」


 ――おしまい――

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