エピローグ ライブハウスの悪魔
第三十七話 ライブハウスの悪魔
あのライブの直後、アタシ達はミナさんに「せっかくのお客さんをないがしろにするようなことを言うとは何事か! あと音がデカ過ぎる!」とドン引きするくらい怒られた。
大人って大人にこれだけ怒られることあるんだってくらい怒られた。
何ならアタシ達人間じゃなくて人外なのに。悪魔と妖怪と神使なのに。
七生は怒られ過ぎてウンコを漏らした。それにもドン引いた。
おまけにあまりの轟音を出し過ぎたせいでアンプが一台壊れたらしい。修理代はライブハウスとうちのバンドで折半だ。そのため、我がバンドSGMGはしばらくの間〝テレポート〟出入り禁止を言い渡された。(ミナさん曰く機材破壊が三割、店内での脱糞が七割で出禁が決まったらしい。あの肛門括約筋ゆるゆる狐め!)
出禁の期間は週一でバンドの練習や新曲作りを続けていたが、それ以外の時間は七生は自分の店に精を出し、アタシは生活費やらアンプの修理費やらを捻出するために日雇いのバイトに精を出した。千里はハロワに行ったが幼い見た目が災いして、あわや児童養護施設に送られそうになってからますます引き籠るようになった挙句、遊ぶ金欲しさに昔の仲間に連絡を取ろうとしては七生にたしなめられている。
そんな愉快で退屈な日々が四カ月ほど続いたある日、ミナさんから「そろそろウチでライブしない?」と連絡があった。勝手に出禁にしておいて、勝手に呼ぶとは何事だとアタシ達三人は憤ったが、ライブという餌を目の前にぶら下げられては、尻尾を振りながら「お願いします」と返す事しかできなかった。もうすっかり骨の髄までバンドマンだ。
季節は桜が咲き誇る春になっていた。緋沙子はあれっきり一度も私の前に姿を現していない。
*
「はぁー。なんか、テンション上がらないわねぇ」
「なんじゃ亜希よ、せっかく久しぶりにライブができると言うのに。バンドには飽きたのかえ?」
「そう言う訳じゃないんだけどさぁ……」
リハも終わり、オープンの時間も過ぎ、あと少しで今日のイベントのトップバッターが始まる。そんな演者としてはそわそわする時間にアタシは客席で七生とダベっていた。
「でもなんとなーく張り合いがないと言うか。ほら、アタシ達ちょっとしたブランクがあるし、なにより最後にやったライブが全力中の全力だったからさ、なーんかスイッチはいらないのよねぇ……」
そう言ってアタシは手に持ったビールをぐびりと煽る。このビールだって、何処か気が抜けている気がする。
「カカカ。今のセリフ、千里に聞かせてやりたいのう。お主のせいで奴のニート生活に要らぬ張り合いが生まれまくっておるからの」
「そういやあのクズ猫どこ行ったのよ。対バン相手をしっかり客席で見ないとはマナーがなってない……」
「ここにいるでしゅ」
ひょっこりと七生の陰から顔を出す千里。
「全く、何が張り合いでしゅか、何がスイッチでしゅか、亜希しゃんのせいでボクは本当に迷惑を……」
「いかん! 逃げろ千里! 奴じゃ! 例の追っかけじゃ! 小鳩が来たぞ!」
「ヒェッ! あ、亜希しゃん! ボクの正体バラしたこと、末代まで祟りましゅからね!」
そんな捨てセリフを吐いて何処かへと逃げていく千里。それと入れ替わりにアタシの元同僚、藤堂小鳩がやってきた。
「やっほー亜希と……七生さん。黒丸、違った。千里ちゃんどこか知らない?」
「「知らん!」」
「本当? 隠すとためにならないわよ。私は絶対にダーリンをものにするんだから」
「あのさぁ小鳩、千里に惚れるのはまだアリだとしても、千里がダーリンなら猫なのにタチになっちゃうじゃない。アイデンティティクライシスよ。そんなんだから避けられるんじゃないの?」
「流石、霧島亜希改め、他人に引き継ぎも残業も押し付けて公務員という戦場から逃げたカスは目の付け所が下品だわ。じゃ、私ダーリン探しに行くからカスはダーリンにバンドクビにされないかビビりながらライブする準備でもしててねー」
「こ、このバンドにリーダーはアタシじゃい! 殺すぞ藤堂小鳩!」
アタシの呪詛をものともせずに小鳩は楽し気に千里を探しに歩いて行った。
「千里も大変じゃのう……あれはそのうち差し入れにGPS仕込むタイプじゃぞ」
「自業自得でしょ。あ、そういえばアンタんとこのバイク女子高生、このみちゃんは今日は来ないの?」
「ああ、このみなら誘ったんじゃがな、この春から高校三年生、受験シーズンに突入じゃ。来たがっておったが、勉強が忙しいとカズノブに断られてしもうた」
「それじゃしょうがない。これから先いくらでもあるアタシ達のライブと一回きりの受験じゃ比べようもないもんね」
受験シーズンか、そういえば緋沙子も順当にいけば三月で高校を卒業、もしかしたら今は大学生になってるのかもしれないな……。
いけないいけない。やれるだけの事はやった。振り切らないと。そんなことを考えていた私を見て、七生はビールを一息に飲み干して、アルコール臭い口を開いた。
「のう亜希よ。やはり儂等みたいな人外はただ生きているだけで十分なんじゃよ。自ら刺激や張り合いなんかを求めに行くのは、下品じゃ」
「何よ急に、てか懐かしいわね。アンタもしかしてまだバンドやるのに反対……」
「違う違う。儂だってもうバンドは楽しい。お主は今日の顔合わせをサボっておったからの。刺激や張り合いという物は向こうから勝手に来るものじゃ。必死に生きているヒトがお主のスイッチを押しに来るんじゃよ」
「なーに意味わかんない事言ってんだか」
アタシがそう言った途端ステージと客席の照明が落ちた。いよいよ今日のイベントの始まりだ。立ち込めるスモークと一緒に一バンド目の登場のSEが流れ始める。
「おっ、この曲ナンバガじゃん。TATTOOあり。センスいいねー」
そして舞台袖からメンバーが登場してくる。リードギター、ドラム、ベース、そして最後にジャズマスターを背負ったギターボーカル。
「ちょ、ちょっとアレ! どういうこと⁉ ねえどういう事よ⁉」
「うるさいぞ亜希。バンドに失礼じゃろが」
紺色のブレザーにリボンの制服に身を包んだギターボーカルが、あの日の駅前の電灯とは比べ物にならないほどまばゆいスポットライトを浴びてセンターマイクの前に立ち、口を開いた。
「どうも久しぶりライブハウス。始める前に少し話をさせてください。私は、ある十字路で悪魔に出会いました。その悪魔に〝本気〟の音楽を魅せられた結果、必死こいて単位とってなんとか高校を卒業して、大学受験全部蹴ってバイトしてギターを買って今、ここに立っています」
「あはっ! 言うじゃないの! この野郎!」
「ふん、スイッチが入ったからと言って騒ぎ過ぎじゃ」
拳を振り上げるアタシの横では七生が、得意げなような、苦虫を噛み潰したような独特な顔でぼそりとつぶやくのが見えた。
「今日は最初に、そんな悪魔との思い出の曲を、バンドカバーで一曲やらせてください。泉谷しげるで『春夏秋冬』」
〈了〉
バンド悪魔とバイク屋狐とクズ猫と ~西東京人外百合哀歌~ 助六稲荷 @foxnnc
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